【在宅診療】30歳サバ読んだ遺影(笑)

みなさま,こんにちわ.

先日,わたしの患者さんが一人なくなりました.

とってもかわいいおばあちゃんで.
認知症で1歳児のようでした.

慢性硬膜下血腫と非結核性好酸菌症などがありました.
病院に担ぎ込まれると,慢性硬膜下血腫を手術しないと責任を持てないとかいわれ,
手術しても2週間くらいでたまってきてしまって,また手術をすすめられる
医師が責任をとれないとか強い言葉でいうと,患者側は手術を拒否できないとのことで
病院に行きたくない,といって,わたしが在宅で診療していました.

肺炎から敗血症になり,ショック状態で添い寝したこともあります.
一度は意識レベルも植物状態まで落ちたのですが,1か月くらいすると
目を開けて声を発するようになりました.
病院ではなく在宅でできるだけのことをやって,天命を迎える,というのが
家族の希望でした.

わたしがわからないのは,どうして医師たちは患者側に強要していると気付かないのかということです.
相手がどうしたいのか,それを実現するにはどんな問題があるのかなど
落ち着いて話し合えばいいだけなんですけどねえ...

何をどう責任取るっていうのでしょうか?
医師は神か?! バカじゃないの???

ということで.日々穏やかにやれるだけのことをやって旅立ったYさん.
いやー.びっくりしました.
箪笥の奥から遺言が出てきたんです.
それにはなんと,60さいくらいの時の若々しい写真を「これを遺影にすべし」と書かれてあったそうです.
というわけで,どえりゃー若い遺影で,「あなた一体だあれ?」てな感じです(笑)

遺族はもっとすてきなYばーちゃんの写真を用意していたのですが
Yさんを大切にしていた家族は,さすがですねえ.
この30歳以上サバ読んだ本人指定の写真を遺影に使いました!!

そりゃ遺言ですから,ってことです.

わたしのお看取り風景は,今患者さんがなくなったばかりなのに
そこで思い出話に花が咲き,笑いが起こるという不思議ぶりです.
いつからこうなったのか忘れましたが,大体こんな感じ.
別にご遺体のとなりで思い出語って笑っちゃいけないってことないでしょう?
わたしは,決まりのないことを常識とかいうあいまいなもので型にはめるのは好きではありません.
臨機応変.
型破りなことで幼いころから定評がありました.
わたしの名前は,男の子がほしかった父親が,女の子が生まれてがっかりして名前を考える気もなくなり,父の上司がつけたものです.
「太平洋のように美しく育ちますように」という願いが込められているそうです.

なので,型破りなことを指摘されるとわたしはこう開き直るようになりました.

何言ってんのよ?わたしは,洋美.太平洋の子よ.
型にはめられるわけないじゃない?
地球という型にはハマってあげるから,大丈夫よw

幼いころから,大人たちは型破りなわたしに右往左往.
あら?そういえば,今でもやってましたね~.
大学院生なのをいいことに,医学部長病院長会議に飛び蹴り,とか.
臨床腫瘍学会の専門医なのに,臨床腫瘍学会に飛び蹴り,とか.(笑)
わたしのこうしたエピソードを羅列するとキリがありません.

わたしは,青い目で金髪のカトリック司祭と禅問答をしながら育っています.
だから,本質は何か,ということを常に考える.

生と死は一連のもの.
生も死も自然なものなんです.

生が日常であるならば
死も日常のなかにあるべきだ.
そして生がより大切なものになる.

思春期にカトリック100%の国にたった一人で暮らした経験のあるわたしは
医師としても異文化圏で不思議ちゃんかもしれません.

でも.
嘆き悲しんで喪失感に打ちひしがれて暮らすより
あたたかい思い出に包まれてにこやかに遺族が暮らしてくれるほうが
旅立った患者さんも幸せだと思うんです.

遺族ケアは患者が生きている間にしかできない.

医師としてのわたしのゆるぎない考えです.

Yちゃん.
人生の最期を私と過ごしてくれてありがとう.
認知症で歯が丈夫なあなたは
うっかりするとがぶりと噛みついたり
殴ったりけったりと大変でしたが
その笑顔,すごくかわいかった!

大好きだよ.

わたしもあなたを忘れない.
お疲れ様.
いい人生だったね.

いや~.それにしても
最後まで笑わせてくれたね!

そもそも,遺言が財産の分け方ではなく,遺影だったのもびっくり!!
Yちゃんも型破りな女だったんだね~.(笑)
そりゃ,わたしたち気があってたわけだ!!

診療させてもらえて,本当に楽しかった.
本当にお疲れ様.

 

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