【歌舞伎町の女王になったママから】医学生の息子へ

よっちゃん.
君の幼いころの呼び名で今日は呼ぼう.

よっちゃん.
ママは医学科学生時代の2年生から3年生に上がる春休みに結婚した.
そして1年後,君はうまれた.

君が生まれたのは本当に奇蹟だと今でも思ってる.

君は一卵性双生児だった.
ママは身長146センチ.そのころの体重は36キロ.華奢だ.
双子だとわかったとき,医師はうまないという選択をするよう言った.
ママは生まれつき病気なので.
でも.ママはなにも考えていなくて,君たちは無事に生まれてくるものだと思ってた.

つわりの時期が長くて重くて.組織学実習は良かったけど,寄生虫学実習なんて臭くてできなかったね.

全部同じ班の男子に押し付けた!
切迫早産で入院したので,薬理学,免疫学なんかの実習は受けられなかったので,翌年の夏休みに一人で受けた.

君が生まれた日,満開の桜.
日曜日だったね.36週6日.
主治医の久保隆彦先生が学会出張でいないので,本当はウイークデーだった次の診察日をその日にずらした.
午後一番に行った.お昼ご飯を食べた後.

助産師が「心音が一つしか聞こえない」といって慌て始めた.
やーね?耳が悪いんじゃないの?って笑ってたけど.
そのうち先生が来て.超音波断層装置で心臓が動いていないのを見せてくれた.
でも.それでもママの頭の中では心臓が動いていないということと
赤ちゃんが死んでしまったということが結びついていなかった.
なので,久保先生が一刻も早く手術室にといっても,ママは拒否した.

いやよ.何言ってんのよ?明日になればまた動いてるかもしれないじゃない?

パパが呼ばれた.
パパが泣きながらこう言った.

頼むからおとなしく手術室に行ってくれ.
学生の君には分からないかもしれないが,死んだらたんぱく融解酵素を出す.だからそのままでは生きているもう一人も死んでしまう.君の命も危ない.だから早く手術しないといけないんだ.

パパが泣いているのをそんなに見たことがない.
その時初めて見たかな.
わけが分からないまま,ママは手術室に運ばれて麻酔で眠った.
仲田さん,男の子ですよ~.遠くから女の人の声と赤ちゃんの泣き声.
2000グラムにちょっと足らない君は,そのままNICUに入り.

ママは暗幕の部屋に入れられた.
ママはどうやら産科DICを起こしかけていたので
厳重な管理が必要だったらしく
たくさんの輸液ポンプとシリンジポンプをつけられてた.
弛緩しきった子宮を早く収縮させるため,プロスタグランジンも投与されていた.
ザーザーって感じで出血してた.
ママはそれよりなにより訳が分からないままその状況になっていたので
本当に赤ちゃんが一人死んだのか実感がなかった.
名前を決めないと死亡診断書を書けないとかいろいろパパが言ってた.
一卵性双生児だから先天的に問題があって死んだのなら君にも影響があるということで,解剖にも付された.
のちにママは,ホルマリン漬けの臓器でいいのでもう一人の息子に会いたいと泣くこととなった.

君に会えないママに,パパが写真を撮って見せてくれた.
華奢なママの狭いおなかの中で二人でいたから,君は足が伸びたまま動かせなかったようで,しばらくそのままだった.

初めて君に会えた日,ママは泣いてしまった.
君にそっくりな息子がもう一人いたのだと思って.

今でも双子用のベビーカーを見ると涙が出てしまって固まってしまう.

ママはそうやって幼い君の向こうに,もう一人の息子を見てしまい.
君から目をそらすことも多かった.

だから君は愛されていないと思い込んで育ってしまった.
そんなわけないじゃん?
息子も娘もわけもなく愛しい.

出産後1か月でママは大学に復帰した.
仕事をしていたら産後6週間は働いてはいけないが,学生は全く保護されていない(笑)
授業に出なかったら留年するだけなので頑張った.

君が1-2歳の時,ママはポリクリ.
当時は朝早くからやってる保育園も託児所もなかったから
君を託児所に連れて行ってから大学に行くと8時半は過ぎる.
眼科と第一外科が朝早くから実習をやってて,間に合わないママに単位を出さない,って教授会でもめていたらしい.
最終的には文科省マターとなり,学則にある時間外にポリクリを強制しないことというお達しが出て,無事に単位をもらえた.
当時の教育担当副学長の瀬戸先生からは,もう一度夏休みに眼科と第一外科を回る気はないかと言われたが,ママは拒否.
「学生の間だけでも子供と過ごしたい.医師になれば命を預かるから仕事を優先する.卒業後のわたしを見ててください.」
ママはそういった.

君が3歳になった.ママは医者になれた.

8年目の春,臨床試験不正を告発してクビになった.
大学院では死亡事故とその隠ぺいを目撃して永久停学になった.(停学というのは面倒だからそう言っているだけで,実際は臨床実習を永久にさせてもらえなくなったということです.教授からよそに出さない,自分ところでも参加させないと言われた.がんプロコースは専門医をとるのが目的だから,臨床実習が停止されて,症例が稼げなくなると停学と同じ効果がある.)
いろんなことに巻き込まれて,ふさぎ込んでしまうママを
小さな君や妹たちは励ましてくれた.
ママ,どうしたの?よっちゃんがいるよ.大丈夫だよ.
屈託のない笑顔.

3歳のころから君は医者になると言った.
だってパパと一緒に寝られるもん!って.(笑)
パパはお仕事で殆ど家にいなかったので,医者になったら一緒に当直してパパと寝るんだって言ってたね.

ママは今,君たちと離れて一人,東京で仕事してる.

昔は,庭でレモングラスを育てて生ハーブティーを楽しんだり
週末にはチーズケーキを焼いたり,割と普通のママだったよね.

臨床試験不正.
あれでずいぶん変わったな.ママの人生.
だって,ママは患者を守れなかったけど,それはママがお勉強不足だったから.
ヘルシンキ宣言に違反しますがいいですか?とあの朝言えば患者は守れた.
医師の無知は罪深い.
ママが自分が勉強不足だったから,自分の患者を守れなかったのだと気が付いたのは
がんプロ大学院で臨床試験を組むのに必要な知識を身につけさせるということで,医療倫理,医療統計などの座学の講義を受けたからだ.

あの朝,教授回診のとき,ママがこういってたらおそらく患者は守れた.
「患者に説明と同意を欠いて臨床試験を割り付けることは,ヘルシンキ宣言に違反しますが,よろしいでしょうか?」

君は医学部を選んだ.

ママは複雑な気持ちだった.
でも.君は医学部を選んだ.
専門職というのは職人と同じだ.
青天井.
努力してもしても足りない.
完成することはない.

プロとアマの違いは何か?
昔君と議論したね.
プロは青天井で完成することはないけど,理想を追い求めて努力する.
アマはこの辺でいいやと妥協する.
そこが違いだとママは思うよ.

君の踏み込んだ世界は険しい.
命を預かる専門職なのだから,当然だ.

いつまでも幼いことばかりする君にあきれながら.
でも.
君が生まれてくれた幸せをママはかみしめている.
無事に生まれてくれてありがとう.
今日まで無事に育ってくれてありがとう.

そして,頼んでもないのに医学部に入ってくれてありがとう.
ママの息子なんだな,としみじみ思った.

元気で頑張れ.

以上.

 

 

 

 

 

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