【在宅緩和ケア】①-8 がんの父と娘 

いろんな思いがあって,ちょっとブログにはしていませんでしたが
この間に患者さんは亡くなりました.
なので,少しずつ,在宅で看取る医師と家族の思いを綴っていこうと思います.

病院から帰ってきた患者さんは,廃用症候群といって
筋肉を使わなかったことにより力が入らなくなり
寝たきりの状態でした.

なので,理学療法士に頑張ってもらっていたのですが.
理学療法士だと,やりたくない,とか言ってしまい
やらない,ということで.
わたしが自ら徒手筋肉トレーニングをすることにしました.

お腰を少し上げられると,家族がおむつを替えたりするのに楽だからというのと
少しでも自力で動けたほうが人間としての尊厳が保たれるのではという私の考えからです.
患者さんは意外に毎日楽しそうにわたしと頑張ってくれました💛

腹筋もがんばっちゃいました.
娘さんがそれを見て,がんファイター,って言ったくらいです(笑)

毎日すこしずつ,少しずつ.
そして,端坐位といってベッドで脚を垂らして座れるようになりました(*///∇///*)
毎日毎日1分ずつ座れる時間を伸ばしていきました.
毎日できることが少しずつ増える喜び.
患者さんの柔らかい笑顔.
娘さんはわたしたちを動画でおさめていたりして.
毎日穏やかな優しい時間が過ぎていきました.

初めての腎瘻交換.
外来で短時間で済むはずだったのですが.
にゃーんと,カテーテルのガイドワイヤーが抜けてしまい
何もかもやり直しになり再入院(◎_◎;)

それまで,わりと尊大だった(失礼!)泌尿器科医が,平謝りでした.(笑)
病院にいると何もしてもらえないので寝たきりになって帰ってくるから
早くかえしてください,とお願いしました.

わたしは某所に日報を出しているのですが.
日報にそのころ書かれてあった内容をコピペします.
3月×日.

 

膀胱がんの患者さんは,わたしが意に介さずリハビリするので,理学療法士が坐位を一人で保てるようになっているのを見て
びっくりしていたそうです.
リハビリテーション,ということばは,パパから習いました.
当時まだ,あまり一般的ではなかったこの言葉を,人として復権する という意味であると教えられました.
当時,犯罪者の社会復帰プログラムをしていたパパがそう教えてくれた.
一人一人を人として大切にする個人主義の国ベルギー.
その思想を色濃く受け継いだ私.
なので.寝たきりに近い終末期がん患者であっても,自分でできることを一つでも確保して
人としての尊厳を保ちたい.
がん患者というだけで腫れ物に触るように扱われる.
そのことが本人をどれくらい傷つけるのか,わたしは知っています.
だからわたしはベッド上で息が切れるような機能訓練をする!!(笑)
でも.最初は腹筋させるのにおへそ見てね~,って言ってもほとんど頭上がらなかったのに
3日目となるとだいぶ上がるんです.
しかも,本人も毎日順番に力が付くので楽しくなってきたらしくて.
末期のがん患者に腹筋やってもらえるとは思わなかったと娘さんも笑ってます(笑)
自分でできることが少しずつ増えていくと,人としての尊厳も増していく.
もうすぐ桜が咲きますね.
お正月はこのお宅で,お孫さんがおじいさまの好きな桜の早咲き(河津桜)を買ってきていけていました.
今度は本物の桜を見せてあげられる.
介護タクシーを借りて,中野通と,靖国神社の桜を見に行こうと思います.
千鳥ヶ淵は車いすを押して歩こう.
末期がんの患者でもこうして笑顔を増やせるんです.
それに.最終的には死神にしかなれないのだとしても
わたしだって死神と戦ってるんです.
12月半ばに初めて会ったときには,年末こせるかなと思ってたけど.
きっと桜が見れる.
この患者の娘さんに向かって,腎瘻作ったことを無駄だったとか
交換時期(3月〇日)の予約を取っても無駄だ,もう生きてないだろう,なんて平気で言うくそ医者には頭に来ますが.
ま.この際,腎瘻作ってくれただけでもいいです~.
 

 

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