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【在宅緩和ケア】①-5 がんの父と娘 【腎瘻】

痛みはいままでほとんどなかったのですが
夜から痛みが出てきたようです.

片側の腎臓しか働いていない状態で,ついにその機能している片腎が
尿道が閉塞して水腎症が進んでしまいました.
なので,時間経過とともに腎後性腎不全に陥ってしまいます.

娘さんが何度か,腎瘻どうする?と話をしたのですが
なかなか返事をしない.

でも,腎瘻入れられるタイミングもそう長くないので.

わたしとしては,なるだけ家族で話し合って結論を出してもらいたいので
口を出さず見守ります.

でも,お嬢さんにはお嬢さんの思いがあり,父には父の思いがあります.
数日様子を見て,お母さんの思い,お嬢さんの思い,お孫さんの思いを受け止めて
今日は,患者さんと話をしました.

痛い? -今はいたくない.
こっちがわの腎臓も詰まって腫れてしまったのね.肺とか脳とかそういうところに転移があってそっちで命取りになるという状態ではないので
腎瘻入れたら尿が流れるようになるから,腎臓が働かなくなってすぐ死ぬ,ということは避けられる.
そうすると,**ちゃんの結婚式も出られるようになるかもよ?どうする?頑張る? -頑張る.
うん.わかった.じゃ,**ちゃんの結婚式は,わたし,車いす押して一緒に出るね(^_^ゞ 一緒に頑張ろう! 

患者さんは頑張ると言いました.

お嬢さんが聞いても,頑張ると言わなかったのに.

でも.患者さんにはたぶん複雑な思いがあるんです.
こんなまま生きてて迷惑かけてる,とか.
でも,お嬢さんはそんなこと思ってなくて,高度成長期全然いなかった父親,大学出て就職して結婚して家を出て,父が病気になって初めて
父と娘は濃い時間を共有している.
お父さんのこと,いままで全然知らなかった.

そうなんです.
わたしもそうでした.
わたしは,父が亡くなってから,父の同僚たちに父はどんな人だったのか聞きました.
古いアルバム.
父の部屋.
趣味のものがたくさん出てきました.

小脳こうそくで倒れる前,当時車で5時間くらいのところで仕事をしていた私は,1か月に一度家に帰ってた.
飼い始めたロシアンブルーの子猫のルナを連れて帰ったら,父は嬉しそうにルナと遊んでた.
「お前も言うこと聞かないか!洋美と一緒.いうこと聞かない娘は可愛くてたまらないね.」
父は突然そう言いました.
わたしは父とぶつかってばかりで,父がわたしを可愛いと思っていると知らなかった.
どういうこと?!わたしが可愛いって一体どういうこと?というと父はこういいました.
娘というのは可愛くて仕方がない.孫が可愛いのも娘が可愛いからだ.

3日後,父は目まいが止まらないと電話をかけてきた.
小脳こうそく.そう思った.
救急車を呼んで医療センターに行くよう指示し,家に帰った.

広範な小脳こうそくで認知症になり,Wallenberg症候群併発して嚥下機能が戻らなかった.
家に帰れないまま,父はその2年半後に亡くなった.

いまから振り返ると,父はわたしに言いたいことを言い残していたのだ.それは,「娘が愛しくて仕方がない」だった.
そう思う.
でも.生きているうちにもっと向き合いたかった.

今,この父と娘は,娘が生まれて初めて,お互いに向き合い,支えあって生きている.

わたしの天然な柔らかい笑顔がそれを支えている.

娘さんは昨日,お出かけして偶然お友達に会って言われたそうです.
元気そうでびっくりしたって.

初めてお邪魔したときは,本当に思い詰めた表情でしたが
今はとても穏やかに落ち着いた表情をしています.
彼女はこういいました.
わたし,こんなに笑顔でいいのかしら?

わたしはこういいました.
いいんですよ.そうやって穏やかな優しい時間を過ごせるように調整するのがわたしの仕事です.そして,父と娘が本当に向き合うことに専念してほしい.生老病死.それは自然なことなんです.生きていれば病にもなるが,不幸ではない.生まれるのも病気になるのも死ぬのも当たり前のことなんです.当たり前のことを日常の中に.幸せに包まれて死を迎える.そのお手伝いをするのがわたしの仕事.笑顔でいてください.おちつかないといいことは考え付きません.

不安を軽減するためのテクニック.
医師にとって一番大切なものだと私は思っています.

実は,こんな哲学的ないいことを言いながら,笑われてたんです.
だって,せいろうびょうし,って読んだら,しょうろうびょうし,だと訂正されました(笑)
漢字だめなんですよね~.
四字熟語は特にダメです.(笑)

わたしのお仕置きには,漢字の書き取りとか,文章読み上げさせるのが一番です(>_<)

吉本からデビューしろ,と言われるくらい変なわたしのキャラが
がんと闘病する人たちの笑顔の源になる.
すごく幸せなことですね.

患者さんというのは,わたしにとって一人一人大切な恋人のような存在です.

腫瘍内科はゴールが死なことが多いので,切ないです.
でも,その切なさの中に,涙もあれば笑顔もある.

死神にしかなれないのなら
世界一美しく優しい死神になろう.

血液内科から固形がんに進出して戸惑い続けたわたしは,あるとき突然そう思いました.

いろんな患者さんたちといろんな風に過ごして,そういう覚悟をしたんですよね.それがいつのことだったか
何がきっかけか忘れてしまいましたが.

でも.こうしてお父さんと寄り添っている娘さんの幸せそうなお顔を見ていると
こうやって仕事できて,医師って本当に素晴らしいなと思います.

でも,今日は,正直にいうと車に乗ってから涙が出ました.
やっぱ,毎日こうやって過ごしていると,医師と患者というよりは人と人なんですよね.
管がついても袋がついてもいいから,いつまでも生きててもらいたい.お嬢さんのその気持ち,わたし,わかります.

辛いこと,苦しいこと,全部わたしが受け止めます.
だから笑顔でパパと向き合ってください.
生きてる間しか向き合えないんです.
父をうしなって,わたしは始めてそのことに気が付いた.

この父と娘の穏やかな時間がなるだけ続きますように.
医師にできることは,疼痛管理のための処方箋を書いたら,あとは祈ることなのかもしれない.