【在宅緩和ケア】①-3 がんの父と娘 【腎瘻どうする?!】

続きを書きます.
このシリーズは,がんのお父様を在宅でみるのに
主治医がなかなか探せなかった(なかなか専門医のわたしがネットでヒットしなかった)ということで,こういう医師がいるのだという情報をもっと探しやすくしてほしいというお嬢様のお気持ちを頂いて書いています.

最近,患者さんが病院でCT検査を受けてきました.
もともと片腎しか機能していない状態です.
水腎症が進んでいるのか(まだわたしは画像を拝見できていません),腎瘻を作るかどうするかという話になったそうです.

作らないとあまり長い期間かからず自然な経過でなくなります.
作ると,水腎症で腎機能が破たんして腎不全でなくなることは避けられるのですが,そうすると生命予後を規定するのは,肺などといった重要臓器への転移の進行具合になります.

お嬢様と話をしていて,画像を診ていないので何とも言えないし,次回受診までお時間があるのでゆっくり考えましょうと言いました.

お父様は,侵襲的なことはしたくないと言っていたそうですが.
お母様もそうおっしゃっていたようですが,お母様は最近お考えが変わっているようです.

やっぱ,家族っていつまでも生きていてもらいたいんですよね.

わたしも,何もするなと言っていた父に向かって,うっかり人工呼吸器つけて心マしてしまいましたからね.
医師なので,つい,やってしまいました.

なので,実際その時になると人の気持ちって変わるんです.

重要な選択をしないといけないとき.
これでいいんだろうかって本当に思いますよね.
命がかかっているとなおさらで,大切なお父様のことになるとさらに迷いますよね.

病院勤務医だったとき,わたしはずっとお家で患者さんたちがどう過ごしているのか知りたいと思っていました.
生活史や人生観,宗教観などその人のライフ(命,生活など)を支えて基盤を作ってきたものを知らないと,本当の支援ができないからです.

いろんな話を毎日して,それぞれのお考えを傾聴.

なにを選んでも正解も間違いもない.
アメリカではこうした場合,もう何もしないというのが一般的だといわれたようですが,アメリカだってがん患者さんたちがICUでなくなることが多すぎるという論文が最近出てたと思います.
なので,そう単純には言えないはずです.
それに.アメリカや日本でスタンダードがどうであれ,最終的にはそれを踏まえて自分たちがどうするのか,ということなんです.

その意思決定過程を支援する.
個人を大切にするということは,個人の本当の思いを引き出してなるだけ実現することだと私は思っています.

このお嬢様が毎日を少しでも安心して過ごせて
お父様と向き合えるようにするのが私の仕事です.

毎日,家族の一人みたいに過ごして,最近おちついた穏やかな時間を過ごせていたので,いつまでもこんな時間が続くといいな,と思うのですが,時間の経過というのは残酷なものですね.

でも.どの時間もどの瞬間も,もう二度とないんです.
当たり前に過ごしている時間たちが,どんなに大切で愛しいものか,それを教えてくれるのががんという疾患です.

涙が出るほど愛しくて大切な家族の時間を
こうして一緒に過ごさせていただく.

わたしもつい,涙が出ます.

わたしって,変な医者なんですよね.
いつまでもこうやって研修医みたいに患者さんと一緒に泣いちゃう.
馬鹿というか素直というか医者らしくないというか.

でも.わたし,それでいいと思うんです.
だって,わたしはわたしにしかなれないのだから.
無理して医者らしくするのではなく,いつまでもこうやって
患者さんやご家族と一緒に泣いちゃう自分を大切にしたい.

でも.「大丈夫ですよ.わたしがいます.」っていうと,安心してくれるんです.
それってすごくないですか?
だって,「なにがどう大丈夫なのよ。゚ヽ(゚`Д´゚)ノ゚。先生に診てもらったら死なないのか?」と言われそうではないですか?
ところが,そういわれたことはありません.
わたしははっきりとゴールは「死」であると掲げ,それまでの間をいかに良い状態で歩むかということをお伝えするからです.
なので,そのような状況でも安心していただける.

とてもうれしく思います.
わたしにとっても,医師になってよかった,生きててよかった,と思える瞬間です.

今日もこうして無事に生きていけることを神に感謝します.

それでは(^_^ゞ

 

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