【協力医】JA静岡厚生連を被告とする医療裁判③【意見書】

http://【協力医】JA静岡厚生連を被告とする医療裁判②【10月の期日】

こんにちは.
わたしが書いた意見書をコピペします.

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意見書

 

 

 

 

 

 

****殿の件につき,医療記録,裁判書面審査の結果,次のとおり見解を申し上げます。
平成28年9月6日
医籍登録番号 第****号

麻酔科標榜医 厚生労働省医政発第****号 麻 第****号

日本内科学会 認定内科医 第****号

日本内科学会 総合内科専門医 第****号

日本プライマリ・ケア連合学会 指導医 第****号

日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医 第****号

臨床遺伝専門医制度委員会認定 臨床遺伝専門医 第***号

日本がん治療認定医機構 がん治療認定医 第****号

日本感染症学会認定 インフェクションコントロールドクター ****号

日本化学療法学会 抗菌化学療法認定医 第****号

 

仲田 洋美

 

【所属機関】

新宿ミネルバクリニック開設者・管理者

香川大学医学部医学系研究科 がんプロフェッショナル養成腫瘍内科コース1期生(2008年度入学)

一般社団法人ELSI(ethical, legal and social issues)研究会 理事

 

【専門分野】

内科学一般,臨床腫瘍学,麻酔科学,感染症学,臨床遺伝学,医療倫理学

【所属学会】
 American Society of Clinical Oncology(米国臨床腫瘍学会)

日本内科学会

 日本癌学会

 日本癌治療学会

 日本臨床腫瘍学会 

 日本血液学会

 日本緩和医療学会

 日本乳癌学会

 日本感染症学会

 日本化学療法学会

 日本人類遺伝学会

 日本遺伝カウンセリング学会

 日本家族性腫瘍学会

 日本認知症学会

 日本医学哲学・倫理学会

 日本医事法学会

 

【過去の所属学会】

 日本外科学会 

 日本麻酔科学会

 

【所属医師会】

 日本医師会A1会員 会員番号*****

 東京都医師会

 新宿区医師会大久保支部

  
【所属大学】

中国四国広域がんプロフェッショナル養成コンソーシアム香川大学医学系研究科がんプロフェッショナル養成腫瘍内科コース2008年度入学(1期生)

 

 がんプロフェッショナル養成プランは,2006年に議員立法で成立し,2007年に施行されたがん対策基本法の要請に基づき,「質の高いがん専門医等を養成し得る内容を有する優れたプログラムに対し財政支援を行うことにより大学の教育の活性化を促進し,今後のがん医療を担う医療人の養成促進を図る」ことを目的に全国の医学部医学科大学院から公募の上,選定されて設置された大学院コースである.

 香川大学医学部医学系研究科は,岡山大学を基幹校とする広域人材育成プロジェクトの一員であり,腫瘍内科コースは「がん医療にかかわる専門医師養成コース」の一つであり,コースの目標はがん薬物療法専門医の取得である.

 最終評価結果にある通り,当プランのがん専門医師養成コースの受入人数はがん薬物療法専門医等では696名に対して,がん薬物療法専門医取得者数は51名となっている.このように,がん専門医師養成コースのアウトカムは専門医取得であり,腫瘍内科コースの取得目標はがん薬物療法専門医なのである.

 

 以上,相違ありません。

 

平成28年9月6日

仲田洋美

過失1 大腸がんの発見の遅れ[過失①]

 

問1 CRPが高くない場合,虫垂炎は否定されるでしょうか。

[1]CRPが高くない場合,虫垂炎を強く疑うべき医学的根拠が否定される。 【1】CRPは原因となる炎症が起きた後、半日後(=12時間後)から上昇し始め、2~3日でピークとなるため(乙B10)、本件当日の午前中の被告病院の受診時の血液検査におけるCRP値が正常であったとしてもなんらおかしなことではなく、虫垂炎を否定する根拠にはなりえない。虫垂炎の特徴はむしろ早期に白血球数が増加することある(乙B3p2)

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

CRPは約6~12時間後から上昇するのであり,最も早期に上昇するのは白血球数であるとされてきた.しかし,これはあくまで原因となる炎症が起きた時間からの経過であり,何らかの症状がでる,つまり発症するまでにもまた時間経過を要するのであるから,あたかも炎症が起こってから12時間経過しないとCRPが上昇しないかのような被告の主張には根拠がない.そもそも正常値というのは,統計学的に健常者の95%がその値におさまる範囲1)であり,正常だからと言って疾患がないことを意味しないし,異常値を示したからと言って健常でないことを意味しないのは医学の常識である.

また,医学の知見はどんどん新しくなっており,筆者が学生時代の25年ほど前は時系列で最初に上昇するのは白血球だと言われていたが,実際にCRPと白血球数の関係を重回帰分析すると,桿状好中球とCRPのみが相関することが示されており,急性炎症ではCRP上昇が白血球動員に先行することが報告されている.2)

理論的にも異物の侵入,異物の貪食細胞による貪食,食細胞からのIL-6/IL-1/TNF-αなどのサイトカイン遊離を経て主にIL-6が肝細胞膜上にあるgp130(IL-6受容体)を経てRas-Raf-MEK-MAPK系というシグナル伝達経路で伝達され,NF-IL-6二量体が形成され,急性期タンパク遺伝子と結合して転写因子として機能するためCRPが産生促進される.

一方,白血球の増加もまた,感染局所における細菌壁成分,エンドトキシン,IL-1などがトリガーとなりIL-6,G-CSFといったサイトカインの分泌を促すことで起こるのである.G-CSFは顆粒球コロニー刺激因子(granulocyte-colony stimulating factor)で,白血球の中の好中球を増加させる.白血球はリンパ球,好中球,好塩基球,好酸球,単球に分類されるが,G-CSFは好中球を増加させる.血液の産生臓器である骨髄の中で白血球骨髄芽球 →前骨髄球→骨髄球→後骨髄球→桿状核球→分節核球の順に分化し,全身を流れる末梢血のなかには通常は桿状核球と分節核球しかないため,CRPと白血球数の関係を重回帰分析するとより幼若な桿状核球とCRPのみが相関することが示されていることは,理論的にも合理性がある.これらの調節にも,核内でDNAの発現コントロール,転写調節が必要であるため,機序からすると白血球増多とCRP産生増加の間にそれほど大きな意味のある時間経過の違いはないと考えられ,CRPと白血球数の増加の間に大きなタイムラグは理論的にない.

もっとも,CRPが測定され始めた時代は,その測定方法にばらつきがあり,精度管理が良くなかったため,歴史的に長く,精度管理がなされて技術的にあまり問題がなかった白血球増多のほうが正確に炎症を反映している,という時期もあったのではないか.CRP測定方法は,昔は定性で+/-(プラスまたはマイナス)しかわからなかったが,定量が可能となり,アッセイ方法が改善されて,現在ではどこで検査しても結果が大きく異なることはなくなっている.また,急性炎症反応としてのCRPと白血球数の上昇にタイムラグがあるとされていた時代には,DNAの発現コントロールの機序などが不明であったが,遺伝子工学が格段に進化した現在ではこうしたことは次々と明らかとなっているため,過去の常識は現在の非常識ということがままあるのが医学に限らず自然科学の世界観である.ヒトのゲノムの全塩基配列を決定するというヒトゲノムプロジェクトは,1990年に30億ドルの予算で始まり,2003年に完了した.その後,次世代シークエンサーが登場し,現在では2-3日と数十万円でヒトの全塩基配列を決定することが可能となった.我が国に初の次世代シークエンサーが導入されたのは,ヒトゲノム計画から18年後の2008年のことである.このように,13年の歳月と当時の為替レートを150円とすると,4500億円を費やして一人の人間のDNA全塩基配列を決定したのに,それから20年後には同じ結果を数日と100万円程度で出せる.20年もあれば全く異なる世界になっているのが自然科学の世界なのである.

CRPに関しては,現在では高感度CRPが測定可能となっており,白血球増多に先駆けて陽性になるため,心筋梗塞の予測ツールとして保険適応されている.このように技術の進歩により医療の内容は変わっていくのである.

以上より,CRP上昇に必ずしも白血球増多が先行すると決まっているわけではないことが報告からも理論上も明らかであり.あくまでも同時に測定する意義が存在するだけであり,どちらか一方が異常だからと言ってそれだけで何を肯定することも否定することもできないのである.

 

そもそも被告が提出している乙第3号証はGooヘルスケアという一般人向けに分かりやすく記述しているサイトであり,リファレンスもなく,これをもって医学的根拠と評価することはできない.それとも被告病院における科学的根拠に基づいた医療はGooヘルスケアに基づいて診療することなのか.

 

診療録からすると,2010年5月31日午前5時30分ごろ心窩部痛で発症している.血液検査オーダーの記録からは,10時27分であり,発症からすでに5時間経過している.炎症が起こってある程度進んでから症状をきたすのであり,心筋梗塞など急性動脈閉塞で急激に完成する病態でない限り,onsetから症状が発現するまでは数時間を要していると考えるのが妥当である.被告はあたかも採血時点はCRPが上昇する前であったとの主張をしたいようであるが,その主張の通り医師が思考していたのであれば,もう一度時間を追って再検するのが通常である.

この時点でCRPが正常で白血球数も著明に増多していないのであれば,虫垂炎と診断するためには,腹膜刺激症状の一つとしてのBlumberg’s sign,筋性防御などの腹膜刺激症状やCT,腹部超音波検査などの画像検査により強く虫垂炎を疑う所見が存在しなければならない.

診断というのは,医師が五感を用いて患者の異常の有無を調べる理学所見をもとに行うのが基本であり,それを補助するための臨床検査,画像検査などを総合的に勘案して行うべきものである.当該症例では,記録によると,現症に右下腹部の圧痛があったようであるが,筋性防御,Blumberg’s signについてはなかったようである.さらに,虫垂炎疑いとして行った超音波検査ではあまり圧痛も認められなかった(超音波検査はプローブを押し当てるため典型的な虫垂炎で腹膜刺激症状がある場合疼痛のため施行すら難しくなる)ので典型的な虫垂炎ではないと記述されている.

これらを総合的に勘案すると,虫垂炎ではない可能性が高くなる.

 

このように,この時点のCRPの値一つで虫垂炎が否定できるものでも強く疑われるものでもなく,この議論自体がナンセンスである.

右下腹部痛の場合の鑑別疾患としては虫垂炎,回腸疾患(Meckel憩室, Crohn病,結核,腫瘍,腸重積症), 右側尿管疾患,右側付属器疾患(子宮付属器炎,卵管妊娠破裂,卵巣嚢胞茎捻転)などがあげられる.

17歳であれば被告が主張する通り,虫垂炎が最も多いと考えられるが,診断は確率でするものではないのであり,根拠がなければならない.たとえこの年齢の右下腹部痛で統計学的に虫垂炎が最多だとしても,そのことをもって虫垂炎だと診断できるものではなく,他の疾患が除外できるわけではない.確定診断に至るまでは,虫垂炎もまた,単なる鑑別疾患の一つなのである.

この時点で虫垂炎と診断するには根拠が弱く,その上さらに,上行結腸口側に不整形の壁肥厚があるとなると,こちらのほうが問題であるということとなり,炎症性か腫瘍性かを丁寧に鑑別していくこととなる.

しかし.当日,血液検査結果をどう評価したのか,画像検査結果をどう評価したのかについて全く記載がなく,被告は,10分で診療したのだから見逃したとの主張もしている.医師として出した検査の評価をすることは当然であり,血液検査や画像検査の判断料を保険請求するためにも,どのように評価したのかに対して記載を怠ってはならないというのが,厚生労働省厚生局の指導である.被告病院は,臨床研修病院であり,複数の学会の専門医養成のための認定施設になっているため,ほかの医療機関からは模範たるべきであるが,指導医がカルテ記載も十分でないとは驚くほかない.

 

 

 

 

問2 超音波検査で圧痛はあるが,腹膜刺激症状を欠く場合,虫垂炎は否定的でしょうか。

[3]虫垂炎の徴候・所見としては,①発熱,②10,000/μLを超える白血球の増多,③圧痛(McBurney点,Lenz点など),④筋性防禦,⑤反跳性疼痛(Blumberg’s徴候),⑥直腸指診上直腸右側もしくは前方の圧痛などがある。このうち最も重要なのが筋性防禦と反跳性疼痛であり,いずれも前腹壁漿膜への炎症の波及を意味するものである。圧痛がないなら,理学所見からも典型的な虫垂炎ではないはずである。 【3】急性虫垂炎の発症のピークは10代から20代であり、腹痛、食欲不振、発熱、吐き気、嘔吐が主な症状であるが、特に重要なのは白血球数で、早期に増加し約90%の人で10,000μL以上の値を示すと言われている。さらに虫垂炎が進んで虫垂壁が穿孔し急性腹膜炎を起こすと腹壁の緊張が増していわゆる筋性防御やブルンベルグ症候群などの腹膜刺激症状が現れる。本件では早朝から心窩部痛、嘔吐がみられ岩崎胃腸科医院では右下腹部圧痛+筋性防御も疑われ、白血球数も10,900μLであった。紹介を受けた被告病院では腹膜刺激症状は認めなかったものの触診では右下腹部に圧痛を認め、白血球数も9,700μLと高値を示し、画像上も虫垂炎を否定できなかったことから、虫垂炎疑いで抗生剤を投与して帰宅させた。その結果、2日後の6月2日には腹痛も治まり白血球数も4,300μLに低下した。これらのことから、故**は実際に軽い(カタル性)の虫垂炎に罹患していたことは間違いない事実である。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

 問1で述べたとおりである.

 被告主張の,「故**は実際に軽い(カタル性)の虫垂炎に罹患していたことは間違いない」ことが事実だとしても,この場合の虫垂炎の原因は,上行結腸癌の影響でその周囲に炎症が波及して近接臓器である虫垂も影響を受けたことである.抗生物質と消炎鎮痛薬で検査データーや症状が改善したのは,なにも虫垂炎にだけ効果があったわけではない.

この論法は,たとえば肺炎を見逃して上気道炎だと思って治療したが,どうせ同じ抗生物質と解熱剤(鎮痛薬)を投与するので治療法としては変わらない,と同じである.しかし,肺炎の場合,しっかり治療しないと重症化して命にかかわるのだから,上気道炎に比してはるかに長い治療日数を要するのであり,その治療期間を誤診により上気道炎として短期間としてしまい治癒せず一旦ほんの少し良くなったとしても悪化して死亡したらその過失は問われるであろう.このように,投与する薬剤がたまたま似たようなものであり,それら効果があったからと言って誤診が正当化されるものではない.治療というのは正しい診断のもと,その疾患をターゲットに行って初めて意味がある.なぜなら,この場合,上行結腸の壁肥厚が炎症性疾患なのか,腫瘍性疾患なのかこの時点で鑑別することはできないので,まずは抗菌薬と鎮痛薬を処方して,症状の軽快を待って上行結腸の壁肥厚の経時的変化を追っていくことで鑑別できれば鑑別する,つまり,炎症のうち感染症によるものであれば感染症自体が良くなれば病変は正常化していくと考えられるし,変化がないようであれば腫瘍性の可能性が高くなってくるので別の検査を追加せねばならない,という風にフォローアップしていかねばならない.当該症例は見落としにより単純な虫垂炎と誤診されたのである.被告主張の虫垂炎は確かにあったのだからという論理は,肺炎を見落としておいて発熱はあって咳は出ていたので風邪症候群はあったのだから,というのと全く同じであり,そんな論理で誤診を正当化することなどできはしない.誤診はあくまでも誤診である.

診断的治療といって,確定診断はついていないながらも治療してみて効果があるのであればそうだったのだなと診断する場面もあるが,当該症例のように,虫垂炎を疑ってCTをとっておきながらも,その際のCTに描出されていた上行結腸癌を見逃し,確定診断に至る機会を見逃しによって奪い,早期治療の機会を奪っておきながら,「虫垂炎はあったのだからそれを治療したのであるから問題ない」,「裁判で敗ければ医療崩壊につながるので看過できない」という論理が通用するのであれば,国民はいったい何を信じて医師に生命を託せばいいのだろうか.

我々医師は,「密室性,専門性,情報の非対称性」により守られていることに対して批判も十分にあるのである.この批判を真摯に受け止め,開かれた医療現場を目指して改善する努力をする必要がある.医療においては,あくまでも受療する患者が主体であり,何が最善か,個別に追求することができる.患者の最善の実現にあたり不断の努力と膨大な労力を要するからと言って,やらなくていいなどというのは敗北宣言に等しく,そのような医師は医師としての適性を自身に問いかけるべきである.

当該症例において,見落とされた疾患は「癌」であり,「癌」は生命予後に重大な影響を与える疾患である.それを見落としておいて,その影響で2次的に発生したと評価される虫垂炎は間違いなくあったのだから,治療したことを評価してくれ,といったところで,評価しがたいことについて被告も承知しているはずである.もしも自分たちの主張に本当に自信があるのであれば,この内容を消化器外科学会や外科学会で堂々と述べてみるとよいであろう

我々医師は確かに,24時間訴訟リスクを抱えている特殊な業種である.医師としてそのことに対する不満に似た思いも正直筆者にもある.しかし,当該裁判の被告準備書面には,医療裁判が医療崩壊を招く,ということが盛んに述べられているが,注意義務を果たし尽くして,説明義務も果たし尽くして,自分たちが負っている義務を余すことなく果たしてからそのような主張は行うべきである.義務も果たさず,この訴訟に敗けたら医療崩壊につながるなどというほとんど発生しないような結果を念頭に置き,原因と結果の間に因果関係がどれほどあるか立証することも困難な稚拙な仮説で煙に巻き,誤診を正当化しようとする態度こそ,医療不信の高まりにより医療崩壊につながるのではないか.

 

 

問3 超音波検査で圧痛がほとんどなかった場合,虫垂炎は否定的でしょうか。

[4]超音波検査は,プローブを相当押し当てて画像を描出するので,通常虫垂炎であれば圧痛がある。超音波検査ではプローブを押し付けるため,圧痛がある患者では痛みを訴えて十分に施行できないことがほとんどである。これで圧痛がないということは,虫垂炎よりも他の疾患を疑うべきである。 【4】超音波検査の際に故**が余り圧痛を訴えなかったからといって、虫垂炎を否定する根拠とはならない。実際、故**はこのとき虫垂炎に罹患していたことは事実である。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

原告ら主張の通りである.

被告主張には,前述のとおり,「肺炎を見逃したが上気道炎だと思って治療し,投与する薬剤は同じなので問題ない」という類の主張と同じ馬鹿馬鹿しさを感じる.

 

 

問4 心窩部痛,嘔吐,白血球増多と上行結腸癌との関係はあるでしょうか。

[7]心窩部痛,嘔吐,白血球数増多は,上行結腸癌とは何ら関係がないという医学的根拠は存在しない。 【7】心窩部痛、嘔吐、白血球数増多が上行結腸癌と関係があるとの医学的根拠こそ存在しない。これらの症状や所見は上行結腸癌では説明がつかない。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

 腹痛は,その発生機序から,内臓痛,体性痛, 関連痛の 3つに分けられる.「内科鑑別診断学 第2版」p577より引用することとする.

 内臓痛 胃腸管の粘膜下や筋層内に知覚神経終末器官が分布しており,平滑筋の収縮や伸展,拡張などの刺激によりインパルスが引き起こされ,知覚神経終末から無髄性のC線維の求心線維を介して交感神経鎖を経て脊髄後根神経節に達し,脊髄後角に入る.ここでニューロンは対側に交叉し,脊髄視床路を上行して視床に達し,視床大脳皮質路を経て大脳皮質へと達してインパルスが認識される.内臓痛は局在部位が不明瞭な鈍捕で,シクシク,ジワジワというように表現される.管腔臓器が強く収縮した場合は,強い痛みがキリキリというように周期的に感じられ,仙痛と呼ばれる.悪心,嘔吐,冷感,顔面蒼白などの自律神経症状を伴うことがある.

 体性痛 壁側腹膜,腸間膜,横隔膜には脳脊髄性の知覚神経が分布しており,物理的(牽引,捻転)・化学的(胃液や腸液の穿孔からの流失)刺激や炎症 により疼痛を生じるものである.体性痛の求心線維は有髄性 の Aδ線維で,受容器から直接に脊髄後根神経節 を経て脊髄後角に入り,ここでニューロンが対側に交叉して脊髄視床路を上行して視床に達し,視床大脳皮質路を経て大脳皮質に達する.体性痛は持続的で突き刺すような鋭い痛みであり,部位は限局性である.悪心,嘔吐吐などを伴うことは少ない.体動による増強があり,筋性防御 や反跳痛(Blumberg’s sign)がみられるようになる

 関連痛 内臓の病変部から離れた体表に疼痛が生じるものである.脊髄の同じ分節に入る内臓知党線維と皮膚からの知覚線維の間で短絡を生じて皮膚に痛みを起こす.関連痛は限局した鋭い痛みである.臓器により一定の部位に感じる関連痛があり,それを放散痛という.

虫垂炎の初期の痛みは,体性痛ではなく内臓痛であり,局在がはっきりしない不快感を認めることがある.このことが,虫垂炎の初期に離れた場所である心窩部痛,嘔気,嘔吐という症状が発現するメカニズムである.これと同じ機序で,虫垂近隣の腸管が,その炎症機転により心窩部痛の原因となることはあると考えるのが通常ではないか.逆に,被告は,「心窩部痛,嘔吐,白血球数増多が上行結腸癌と関係があるとの医学的根拠こそ存在しない。これらの症状や所見は上行結腸癌では説明がつかない。」というのであれば,これらに対する医学的根拠が不存在であること,医学的にこのような症状が右結腸癌で発現することは説明がつかないことを証明すべきである.しかし,「虫垂炎でなぜ離れた部位である心窩部痛が起こるのか」というclinical questionには,このようにすっきりとした医学的根拠があるのであり,これらが医学的に明らかとなってきたのは,そんなに最近のことではない.被告は,このような医学的事実を知らずに「根拠がない」と主張しているのかもしれないが,少し教科書を調べればこのように出てくることを,「心窩部痛,嘔吐,白血球数増多が上行結腸癌と関係があるとの医学的根拠こそ存在しない。これらの症状や所見は上行結腸癌では説明がつかない。」と裁判所できっぱり申し述べるからには,「少し調べればわかることを調べるという注意深さも持たず,知らないと主張することは専門職として是認される,恥ずかしいことではない.」という考えなのであると推認される.驚くとしか表現できない.だとしたら医療安全などといった概念を被告が持つことは困難であろう.

ほんの少し調べようとしさえすればわかることを「知らない」,「医学的に根拠がない」と開き直り,自己研鑽するでもなく,「自分たちの知らないことは世の中にはない,なぜなら医師だから,だから原告らのいうことには根拠がない」との主張を通そうとすることは,専門職としての医師の態度が歴史的に非難されている原因の大半である「密室性・専門性・情報の非対称性」をもって一般人や裁判所を煙に巻こうとする,裁判所を愚弄する行為に他ならないと気付くべきである.裁判は証拠に基づいて事実を認定するのであるから,被告の知らないことは「医学的根拠がない」という論理が通用するはずもない.同じ医師として,大変恥ずかしく感じる.しかし,通常,診断行為というのは,勘ではなく医学的根拠という証拠に基づいて粛々と行うものであるが.

 心窩部痛を訴えている患者に対して鑑別すべき疾患には,消化器系では胆嚢疾患(炎症,結石),大腸疾患(憩室・腫瘍・炎症など),虫垂炎,肝疾患(炎症,腫瘍),胃・十二指腸疾患(潰瘍など)があげられ,血管系では急性冠症候群,心筋炎,心内膜炎,心外膜炎,大動脈解離,状腸間膜動脈解離などが,尿路系疾患では腎結石,腎盂腎炎,尿管結石,腎梗塞などが,その他,副腎梗塞,肺炎などの呼吸器疾患なども挙げられる.痛みの機序を考えると,たくさんの疾患が鑑別疾患として挙がることは明白である.

 嘔吐が内臓痛と関係する症状であることは上述した通りであり,上行結腸には粘膜筋板という平滑筋が存在することは医学(組織学)の事実である.したがって,上行結腸癌が内臓痛を引き起こし,内臓痛が悪心・嘔吐といった自律神経症状を伴うことがあることも上述のとおりである.

 白血球増多に関しては,当該症例では年齢からすると正常範囲内であるから,被告主張には根拠がないが,医師たるもの科学者であらねばならないため,反論しておく.「内科鑑別診断学 第2版」p234から白血球増多の場合の鑑別フローチャートを引用する.

 

 悪性腫瘍は白血球を増加させる原因として大変メジャーなのである.

以上,「心窩部痛,嘔吐,白血球数増多が上行結腸癌と関係があるとの医学的根拠こそ存在しない。これらの症状や所見は上行結腸癌では説明がつかない。」という被告主張にこそ医学的根拠が全くないのである.医学の学会で通用しないことは明白ではあるが,裁判所も最近では医療に関して集中審理をする専門部署を置いているため,このような根拠を欠く主張をいたずらにしても何の意味もないであろう.

 

 

問5 平成22年5月31日のCT画像の肥厚は,通常の注意をもって見れば見落とすことはあり得ない,と言えますでしょうか。

[8]平成22年5月31日当時,17歳においても大腸癌に罹患する可能性があることは周知の事実であった。「臨床の現場においては17歳における大腸癌罹患の可能性は特段の事情がない限りは無視してかまわない」という医学的根拠は存在しない。 【8】17歳の大腸癌はそれ自体が症例報告にふさわしいほど珍しいものであり、しかも4型(スキルスタイプ)の大腸癌が無症状のうちにたまたま他の目的で撮影されたCT画像上の壁肥厚所見によって発見され診断されるなとどいうことは可能性としても全くありえないと考えられる。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

 筆者は,総合内科専門医,がん薬物療法専門医,臨床遺伝専門医,麻酔科標榜医である.筆者は経歴書にある通り,もともと血液内科を主体とする医師であり,抗がん剤治療が複雑化してきた中,造血幹細胞移植のような大量化学療法をする診療科であったので,抗腫瘍薬の投与方法やその支持療法についての専門的知識を買われ,臓器横断型腫瘍内科医に転向して外科医局に採用されたのが腫瘍内科医としての始まりである.このため,CTなどの読影技術については,通常の外科医の足元にも及ばない.その筆者が見て,この所見を見逃さないのであるから,通常の外科医の通常の注意をもって見れば見落とすことはないものと考えるのが妥当である.

 筆者は3次元の解剖学が大変苦手で外科医としては全く適性がないのであるが,外科医局にいたときに外科専門医のトレーニングコースに参加するよう命じられ,新米外科医として短期間過ごした時期がある(高知医科大学医学部付属病院第2外科学教室).外科というのは手術する診療科なので,外科医たちは解剖学が大変得意であり,3次元が頭に入っているので,通常の外科医にとっては,2次元のCT画像を読影することは極めて容易である.また,カンファレンスでは診断に至る根拠,手術するのであれば術式をプレゼンして,ほかの外科医たちを納得させねばならないし,手術記録にはどこをどう切開して,どのようにアプローチしたかなど書かねばならない.さらに,腫瘍性疾患では開腹したら手術不能だったということがなるだけ少ないように,周囲の臓器に対する浸潤の有無などを画像から判定したりと,画像読影と切っても切れない診療科が外科である.そのため,読影する能力は非常に高いものであるから,筆者のような画像読影能力の稚拙な医師が見落とさないものを,外科医,それも外科学会の専門医であり,消化器外科学会の指導医である担当医が見落とすなどということは通常考えられない.多忙で画像を評価していなかったのだとしたら理解できる.

 「たまたま他の目的で撮影されたCT画像上の壁肥厚所見によって発見され診断されるなどということは可能性としても全くありえないと考えられる。」とはいったい何を意味するかが理解できない.たまたま他の目的で撮影されたCTでたまたまがんが発見されることはincidentaloma(偶発腫瘍)という医学用語もあるくらいであって,別の目的でCTを撮影したとしても,当然診断せねばならない.がんの場合,いかに早期発見して早期治療に繋げるかということが大切であり,国を挙げて検診などの取り組みがなされているのである.被告病院も,がん検診などを市町村から受託しているのではないか.そうした医療機関がこのような主張をするとは,大変驚くし,残念である.たとえば膵臓がんは手術可能なステージで発見されることはほとんどなく,手術可能な膵臓癌のほぼ全例が偶発腫瘍であると報告されている.被告は,「可能性としても全くありえないと考えられる」と述べるのであれば,被告がその結論に至った思考プロセスを明らかにすべきである.筆者からすると,「ありえない」のは被告の突飛な論理飛躍である.医学はサイエンスであり,医療は医学に基づいてそれを実践する現場なのであるから,医療現場にサイエンスがなくていいはずもない.

 

 

 

 

問6 大腸癌が鑑別診断の対象であるでしょうか。

[9]医学の鉄則として,可能性は低くても生命予後に大きく影響する疾患は,積極的に除外すべきである。若年性の大腸癌は,生命予後に大きく影響する疾患である。 【9】本件では大腸癌は鑑別診断の対象にはなっていないので、原告らの主張は本件CTで大腸癌の存在を疑うべきとの根拠にはならない。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

原告らの主張の通りである.

被告は,「本件では大腸癌は鑑別診断の対象にはなっていないので,原告らの主張は本件CTで大腸癌の存在を疑うべきとの根拠にはならない。」と,大腸癌を鑑別疾患の対象から外しているが,鑑別診断が必要なものを対象から外すには可能性がないという根拠が必要である.被告は単に,年齢からすると虫垂炎が最も多いということをもって,虫垂炎であると思い込んだことを正当化し,そのうえさらに鑑別疾患について否定する根拠もなく対象から外しているが,単に確率論であり,診断行為は確率に賭ける行為ではない.診断はあくまでも根拠に基づいて行うのであり,このように確率に基づいて短絡的に虫垂炎だと診断したからこそ,近接部位の腫瘍を見逃したのである.

被告はそもそも,鑑別診断が何のために必要であるかを全く理解していないため,大腸癌が鑑別疾患の対象ではないといった主張をするのである.医学を知らないとしか評価できない.鑑別疾患というのは,必ず病歴と身体所見などからもれのないように列挙し,それらを絞っていき,必要ならばさらなる情報を求め,正診率を上げる,つまり誤診を減らすために行う作業が鑑別診断なのである.広く鑑別疾患をあげ,それらを論理的に絞り込んでいくのである.したがって,病歴と身体所見は非常に重要である.症候によっては鑑別疾患が劇的に絞れるものがあり,high yield symptomと呼ばれる.したがって,教科書に書いてあるものしか鑑別疾患に挙げなくていいわけではなく,鑑別疾患は広く挙げるものであるから,いきなり悪性腫瘍を除外できるものではない.むしろ,悪性腫瘍に関しては,見逃してはならない疾患として積極的に除外できる,つまりそうではないという確証がもてるまで外してはならないのが診断プロセスである.

以上が鑑別診断の役割であるため,この症状にはこれ,この症状ならこれは挙げなくていい,という決まりがそもそもないのであり,考えられるものを希少疾患も含めてあげ,絞り込んでいくというのが鑑別診断の基本である.最初から「大腸癌は鑑別診断の対象ではない」と言っているということは,正診率を上げるという医師として当然全員がすべき不断の努力をするつもりは全くないと宣言するに等しいのである.

鑑別診断は,まず「血管性疾患」「感染症」「腫瘍性疾患」「自己免疫性疾患」「中毒・代謝性疾患」「外傷・変性疾患」「先天性疾患」「医原性疾患」「特発性疾患」といったカテゴリーを挙げて,当該患者における実際の症候からどのカテゴリーにどんな疾患が鑑別診断としてあてはまるかを考えていくのである.広くとらえてから絞っていくことで誤診が減るのである.

 

診断に至る臨床推論のステップについて記述すると,

① 情報収集:現病歴,既往歴,家族歴等の問診,視診・聴診・打診・触診などからproblem listを作成する.

② 鑑別疾患を挙げる

③ 鑑別疾患の優先順位をつける:考え方の軸は「頻度」と「重大性」の二つがあり,頻度の軸ではcommon diseaseを,重大性の軸では稀であっても生死にかかわる見逃してはならない疾患を見逃さないように考える.

④ 仮説の確からしさを検証する:患者の理学所見,検査結果,エビデンスなどの各種データーから確率を検討する.

⑤ 診断仮説の見直し

となる。

これらの作業を繰り返し,確定診断に至るのである.確かに最終的に臨床診断とは確率論ではある.しかし,最初から統計学的確率のみに依拠して重大性の軸を持たず,17歳の右下腹部痛は虫垂炎だと機械的に診断するのであれば,医師など不要である.その年齢の右下腹部痛は虫垂炎を疑うなど一般人でも可能ではないか.

当該症例の場合,以下のようになる.

 

Step1 problem listの作成

・午前5時30分ごろからの心窩部痛

・午前7時30分ごろの嘔吐

・前日夜の食事は肉(種類不明,過熱したかどうかについても不明)と鍋(紹介状記載)

・白血球数 紹介元10800,被告医療機関9800(カルテ記載はない),CRP(カルテ記載なし)

・現症からは右下腹部圧痛あり

Step2 鑑別診断を挙げる

 右下腹部痛の場合の鑑別疾患としては虫垂炎,回腸疾患(Meckel憩室, Crohn病,結核,腫瘍,腸重積症), 右側尿管疾患などがあげられ,女性であればさらに右側付属器疾患(子宮付属器炎,卵管妊娠破裂,卵巣嚢胞茎捻転)などがあげられる.

Step3 鑑別診断の優先順位をつける

頻度の軸:17歳,心窩部痛で始まる右下腹部痛というキーワードからは急性虫垂炎がmost possible

重大性の軸:稀ではあるが見落とすと生命にかかわる重大疾患として,鑑別しなければならないのは悪性腫瘍である.悪性腫瘍の場合,腫瘍が大きくなると閉塞機転を来し,腸管局所の循環不全により浮腫を来し炎症を惹起し,その炎症が周囲に波及することにより虫垂炎と似たような症状を呈することがある.特に虫垂の近傍の回盲部や上行結腸の腫瘍については鑑別しなければならない.

Step4 仮説の検証

患者の理学所見や現病歴からは急性虫垂炎が疑わしいが,CRP陰性,白血球数もこの年齢では正常上限と典型的ではなく,さらにエコー所見からも典型的ではないとされている.

そのうえ,腹部CTでは上行結腸口側に壁肥厚を認めるがこの時点で腫瘍なのか炎症なのか決定することはできない.

そうすると,虫垂炎としては典型的でないのもうなずけるし,虫垂炎はあったとしても上行結腸の炎症または腫瘍という一次病変からの炎症の波及であり,白血球数正常,CRP正常もうなずける.右下腹部痛の原因はむしろ虫垂炎ではなく,上行結腸口側の腫瘍/炎症性病変の可能性が非常に高い.

Step5 診断仮説の見直し

理学所見,現病歴からは急性虫垂炎がmost possibleであったが,腹部造影CTの結果,虫垂近傍である上行結腸口側の壁肥厚が認められるため,こちらの病変を炎症性か腫瘍性か鑑別する必要がある.このためには時間をおいてCTを再検する,それでも変化がないようであれば大腸内視鏡検査を検討して確定診断に至る明確な根拠が得られるようにする.本日のところは,この内容をお伝えして,虫垂炎様症状に対して抗菌薬と消炎鎮痛薬で対症療法とする.

 

 総合内科専門医の筆者であればこのように思考する.

被告は上行結腸の口側に壁肥厚を認めるにもかかわらず,しかもそれを見落としたと認めておきながらもなお,大腸癌を鑑別疾患から除外してかまわないとする根拠を述べるべきである.この壁肥厚は異常所見であるから少なくとも炎症性か腫瘍性かは鑑別しなければならない.殊に,悪性腫瘍は「生死にかかわる見逃してはならない疾患」であるため必ず鑑別疾患に挙げなければならない,悪性腫瘍ではないと確定的証拠が得られるまで除外してはならないことこそ医学の常識である.

経験を積んだ人の直観は一般に正しいことが多いのもまた事実であるが,世の中には稀な疾患もあり,このように若年性腫瘍も厳然と存在するのであるから,直観という思い込みをむしろ排除し,診断というのは論理的に行うものなのである.この作業が医師に時間を取らせるとか10分では無理だと被告は主張するかもしれないが,外科というのは手術する診療科なので,解剖は大変得意であり,3次元が頭に入っているので2次元のCT画像を読影するなど通常の外科医にとっては大変たやすいもので, また,カンファレンスでは診断に至る根拠,手術するのであれば術式をプレゼンしてほかの外科医たちを納得させねばならないため,画像読影する能力は非常に高いものであるから,外科学会や,消化器外科学会の専門医であれば,たとえ10分の診療であってもこの過程を難なく完遂できるものなのである.見落とした水野医師は,被告病院ホームページからは「日本外科学会専門医,日本消化器外科学会指導医」と表示されている.

 

問7 通常の医師であればどのように対応するとお考えでしょうか。

平成22年5月31日,CT検査,生化学検査及び血液検査を行ったにもかかわらず,これらの検査の結果を見ておらず,検査結果の評価を怠り,上行結腸の壁肥厚(病変)を見落とし,平成22年5月31日から平成22年11月4日までの間,大腸癌と診断しなかった。 水野は、平成22年5月31日、心窩部痛、嘔吐の主訴で紹介受診した故**に対して、触診その他の診察のうえ血液検査(生化学検査)、エコー検査、腹部造影CT検査を実施し、これらの検査結果を適切に評価したうえ、急性虫垂炎疑いで抗生剤を処方した。その結果、2日後の6月2日には故**の腹痛は治まり高値であった白血球数も4,300μLまで低下した。この過程で、虫垂炎ほか炎症性疾患の鑑別診断を目的として撮影した本件CTにつき、外来のわずかな時間帯で読影した水野がほんの1、2枚のスライスに写っていた上行結腸壁の一部の肥厚所見を見落としたからといって、この点に過失があるとはいえない。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

先ほどから説明している通り,この場合の抗菌薬と消炎鎮痛薬は虫垂炎に効いたわけではなく,上行結腸癌の内臓痛と腫瘍周囲の炎症機転の沈静化につながり,白血球数の正常化につながっただけである.

前問に答えた通り,通常の医師であれば,丁寧に鑑別診断を挙げ,それを裏付ける根拠を得るために各種検査を提出し,それらを評価の上,確定診断へと至っていく.したがって,被告が主張する,「虫垂炎ほか炎症性疾患の鑑別診断を目的として撮影した本件CTにつき,外来のわずかな時間帯で読影した水野がほんの1,2枚のスライスに写っていた上行結腸壁の一部の肥厚所見を見落としたからといって,この点に過失があるとはいえない。」については全く理解できない.虫垂炎ほか炎症性疾患の鑑別診断には,先ほどから述べている通り,虫垂に隣接・近接する回盲部とその周辺の腸管の炎症性疾患・腫瘍性疾患が厳然とあり,それらを鑑別するために造影CTをオーダーしておきながら,外来のわずかな時間帯で読影して見落としたことが是認されるべくもないことは,医師として被告が一番よく理解していると考える.先ほどから言っている通り,鑑別診断とは正診率を上げるために広く鑑別すべき疾患を上げ,その中から症候や検査結果から合致する疾患を絞り込んでいき,正しい診断に至るための臨床推論のプロセスそのものである.その手続きを踏むために造影CTまでオーダーしておきながら,その評価を「短時間しかかけなかったから」怠り,異常所見(しかも,画像診断技術が稚拙である筆者が見ても明らかな異常所見である.)を見落としたことが,過失でなくていったい何なのか,むしろ教えてほしい.見落としというのは,日本語としては本来見るべきであったものを落としたという表現であって,これはあくまでも過失であって,結果との間の因果関係を問題にするのであれば話はわかる見落としたのは事実ではあるが過失ではない,とはいったいどういう論理なのか.論理的思考は,正しい診断に至るために最も重要であり,医師たるもの不断の努力で自身の正診率を挙げるべく努力するものである.このように破綻した論理では,正診率は低下するばかりであろう.

 どの患者にどのくらいの時間をかけて診療するかも医師の裁量の範疇ではあるが,当該患者の診療に10分しかかけないことを選択したのはその医師なのであるから,それで見落としたことについては責任を問われてしかるべきである.それが専門性を背景に広範な裁量権を与えられる医師免許を持つことに対する当然の代償であるのであるから,自身の不手際という個別具体的な問題を敗訴したら医療崩壊につながると拡大されても迷惑であるし,見落としを過失ではないと開き直れる心情にはまったく共感の余地はない.むしろ,この個別具体的な問題を拡大して適応する場面としては,学会の認定施設においては専門医を養成するような医療機関であるから医療技術的にも当然素晴らしいはずだという一種の品質保証を与えることになってしまうため,専門医を養成する医療機関の質のコントロールをせねばならない,このような診断技術しかなく,見落としを過失ではないと開き直るような医療倫理的に問題のある医療機関の存在については,施設認定や更新の段階で医療の質を評価するシステムをいかに構築するかを考えねばならない,という場面なのではないか.我々医師が守らねばならないのは,医師免許に対する国民の無垢な信頼である.弁護士に世話にならずに生まれて死ねる国民は大半であっても,医師に世話にならずに生まれて死ねる国民は,トイレで産み落とされてそのまま死亡したなどといった特殊な場合を除き一人もいないのである.我々医師は国民の生命に直結する仕事を最も大きな裁量権をいただいてする仕事なのであるから,襟を正さねばならないのは当然であり,身内同士の庇い合いは厳に慎むべきである.

以上より,被告がいったい何をどんな感性で主張しているのか,筆者には全く理解できない.

 

 尚,8月31日に被告第10準備書面を拝見したので,それについて付記しておく.

被告は,原告ら平成28年6月24日付準備書面(8)に対する反論として,同準備書面の「第1過失①(大腸癌発見の遅れ)」の主張(1頁乃至7頁1行目まで)は,およそ医学的ないしは法律的とはいえない議論が展開されており,認否の仕様もなく反論は控えさせていただく。」と主張しているが,なにゆえ「医学的ないしは法律的とはいえない議論」という結論に達しているのかについて,論理的に述べていただきたい.協力医の指導のもと作成した原告らの論証に向かって,「およそ医学的ないしは法律的とは言えない議論が展開」と根拠なく書くのは,原告やその代理人,協力医に対する「非難中傷」の域を出るものではない.

「ここでの問題は,5月31日の外来時診察時のCT読影時に担当の水野が故**の上行結腸の壁肥厚を見落としたことが過失かが問題となっているのである。」についてであるが,被告は,見落としたことは認めたうえで,この場合の見落としは過失ではないという主張をしている.ここから推測するに,「見落としたのは確かであるが,およそ医師たるもののほとんど全員が見逃すのが当たり前の病変であり,それを水野に発見しろというのが酷である.」という文章が行間にあると推認される.

 しかし,筆者は,5月31日のCTの上行結腸の異常所見を見落としていない.初診時からあったことを,原告ら代理人に指摘したのは筆者である.

 ゆえに,「見落としたことは認める」が,「医師のほとんどが見落とす」のであるからこの場合「過失でない」,というのは正しくない.臨床実習中の医学部医学科学生であっても異常所見であると気づけるレベルの画像である.なぜなら,筆者の画像読影能力は,医学部医学科学生と変わらないレベルだからである.

 しかし,5月31日の腹部造影CTをみると,最も派手な異常所見が,上行結腸の壁肥厚であることがわかるのである.

 筆者はもともと,血液内科医だったので,顕微鏡を用いて,血球の形態学的診断をするというミクロな世界は得意であるが,もともと学生時代から肉眼解剖が苦手であり,マクロが苦手なのである.だから,放射線画像診断も大変苦手である.しかし,その筆者をもってしても見落とさない異常所見は,通常の医師であれば見落とさないものと考えられ,被告が前提としていると推測される,「医師のほとんどが見落とす」ということが事実ではないということを申し述べておく.

 「医療過誤訴訟における過失の認定は,診療経過(前提となる事実)を可能な限り詳細に確定し,それに必要な医学的知見を当てはめて医師の医療行為(不作為を含む)が診療当時の医療水準に違反しているかどうかという形で行われるのである。」に関しては同意する.

 被告に求められている医療水準に関して,「臨床研修指定病院」であるという事実とその医事法制上の意味するところを指摘し,日本内科学会・日本外科学会の専門医修練施設であることなどを伝えたうえで,被告に求められている医療水準としては「とくに厚生労働大臣から認められて」初期研修を医育機関機関である大学病院に準じて行ったり,外科・内科の専門医を養成できるという医療機関としての医療水準なのである,単なる地域の基幹病院ではなく大学病院に準拠する医療水準を求められているのである,ということを主張・立証しただけであって,それがなにゆえ,「医療法制やEBMの議論をこのような形で持ち出されても,本件付随事情にもなりえない」のか,まったく想像だにできないので,被告はその結論にいたった思考過程を明らかにすべきであるし,「被告として認否・反論に窮するのみである。」と結論づける根拠を述べるべきである.

 尚,日本内科学会の認定教育施設の認定基準を以下から引用する.

 

出典:http://www.naika.or.jp/nintei/kenshu/kijyun-2/

 

【教育病院の基準】

基幹型臨床研修病院の資格を満たす病院,および基幹型臨床研修病院に準ずる病院

内科病床数が50床以上あること

内科剖検体数が10体以上あること

※CPCが年5症例以上定期的に開催されていること

実施回数の記載と簡略化した一覧表報告(5症例)及び実施時の資料(5症例)を添付すること

※内科指導医が5名以上で,全員が総合内科専門医であることが望ましい

本会年次講演会,または地方会での発表が年3演題以上あること

教育病院は上記の1~6の基準全てを満たさなければならない。

2年連続認定基準を満たさない病院は認定保留,認定取消の対象となる。

内科剖検体数が2年連続7~9体の場合は,認定保留の対象となる。

 

※なお,新たに教育病院への申請を行なう場合は上記の基準を2年連続して満たす事が必要である.

 

【教育関連病院の基準】

基幹型臨床研修病院,もしくは協力型臨床研修病院の資格を満たす病院

内科病床数が50床以上あること

内科剖検体数が1体以上あること

※CPCが年1症例以上定期的に開催されていること

実施回数の記載と簡略化した一覧表報告(1症例)及び実施時の資料(1症例)を添付すること

内科常勤医が5名以上いること

※内科指導医が3名以上で,全員が総合内科専門医であることが望ましい

本会年次講演会,または地方会での発表が年1演題以上あること

教育関連病院は上記の1~7の基準全てを満たさなければならない。

2年連続認定基準を満たさない病院は認定取消の対象となる。

 

[CPCの定義]

CPC (Clinico-pathological conference)とは,その症例の診療に関与した臨床医と病理解剖に関与した病理医を中心として,剖検例の肉眼的,顕微鏡的病理所見と臨床所見との関連について双方の立場から意見交換をし,詳細な病態および死因の解明に向けて検討を行うものである。この目的を達成できるものであれば,その規模や主催者の如何を問わない。病院全体や内科全体のCPCだけでなく,従来,担当病理医と主治医等が少人数で行っていた,いわゆる剖検整理会(剖検報告会)といったものもこの目的に沿ったものであり,CPCとみなされる。また,大学附属病院等で学生CPCが実施されている場合はこれも含める.

 

[内科指導医の定義]

※現行制度における指導医の定義です。新制度における指導医の条件とは異なる部分がございます。「新制度における指導医の条件」をご参照ください。なお,新規申請につきましては両制度とも2-(2),(3)は必須条件です。

 

認定された施設に勤務(大学は専任教員・一般病院は常勤医師)し,認定内科医および総合内科専門医を育成する能力がある本会会員で,認定施設からの申請によって審議会が内科臨床研修の指導を依頼する。

指導医として申請できる条件は,次記の(1)~(3)の項目,全てに該当する者とする。

(1) 総合内科専門医,認定内科医あるいは指定13学会の認定医(専門医)の認定を受けている者。ただし,総合内科専門医の認定を受けていることが望ましい。

(2) 内科臨床歴7年(8年目)以上の者

(3) 過去5年間に内科の臨床研究に関する業績発表3篇を有する者

  ・発表は,内科医を対象とした公開の学術的集会(研究会レベルの集会は認められない)でなされたもので,共同研究者でもよい

  ・論文は,内科医を対象とした学術的雑誌(定期刊行物)に掲載されたもので,共著者でもよい。

 

 以上,医師法上『厚生労働大臣が認めた』臨床研修病院であることは,施設認定を受けるにあたり最低限必要なものであり,被告病院は医育機関である大学病院に次ぐ医療水準にあるのである.

 尚,筆者は,「通常の医師ならば見落とさない」ということを証明するため,フェイスブックの筆者のページに当該画像をアップロードして実験してみた.

 M氏は,放射線技師であって医師ではない.しかし,この異常所見はきちんと指摘しているのである.技師でも指摘可能な「派手な」ものであって,医師が指摘できないはずはないのである.見逃す医師の目は,「節穴」と言ってもよいレベルである.なぜなら,放射線画像読影技術は医学部医学科学生に劣るときちんと自己認識している筆者が読影出来て,さらに診療放射線技師もきちんと読影しているのである.


 

過失2(腹膜播種の発見の遅れ[過失⑥])

 

問8 平成23年3月24日のCT画像に小結節影はありますか。

[2]平成23年3月24日のCT画像によれば,平成22年10月13日及び平成22年11月16日のCT画像に比して,小結節影が増加しており,腹膜播種が強く疑われる。 【2】平成23年3月24日に写っている原告ら主張の小結節壁は血管であり、腹膜播種を疑う根拠とはならない。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

原告ら主張のとおりである.詳細は後述する.

 

 

問9 CTでは1cm以下の病変は捉えることはできず,5mm程度の小結節影をもって腹膜播種の存在を疑うこと自体が間違いなのでしょうか。

[4]小結節影と疑われるものを「すべて血管である」などと断定することは不可能である(被告は,平成23年3月24日時点で,客観的に腹膜播種が存在することを認めている。)。 【4】CTでは1㎝以下の病変は捉えることはできない。原告ら指摘の小結節影は最大で長径が5㎜程度であり、これを以て腹膜播種の存在を疑うこと自体が間違いである。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

 被告主張の通りならば,腹膜播種は1センチを超えるまで診断できないこととなる.しかし,被告は先に虫垂炎と診断して大腸癌を否定するにあたり,17歳,右下腹部痛,から確率を用いて最も可能性が高い疾患を選択している.この場面では,「上行結腸癌」術後化学療法をしていた患者の腸間膜に小結節影が出てきた,ということからは大腸癌の腹膜播種が最も疑わしい疾患として挙げられるのに,一貫性を欠く態度である.

尚,結節影の表現として1.5mm未満を微細粒状影,1.5-3mmを粟粒影,3-5mmを粗大粒状影と言い,「粟粒結核」という名が昔からある通りであり,大体1.5-3mmの小粒状影のことをいう.これらはCTでも当然描出されるため,「CTでは1センチ以下の病変は捉えることはできない」という被告主張は,もはや何を言っているのか理解すらできないし,全くの事実無根である.このような小結節影の大きさによる分類は,医師国家試験に出題されたこともあり,通常の医師ならば誰もが知っていることである.被告代理人の一人,大滝恭弘弁護士は,平成14年に医籍登録されている医師免許を持っていると厚生労働省のホームページから確認できるが,依頼人のためになら事実を捻じ曲げるのだろうか.少なくとも医師として,事実無根のことを裁判所に対して述べるという態度に対しては,問題に思う.

今回の腹膜播種疑いの小結節影の出現で大事なことは,それまでなかったものがある,ということで何らかの病変があると疑わねばならないということである.

 腹膜播種が1センチを超えるまで診断しにくいという論文はあるが,それは昔の話であって,最近ではCTの画像が格段に良くなっていることと,昔のCTは性能の問題により1センチスライスで撮影することしかできなかったのだが,最近ではこちらもマルチスライス(ヘリカル)CTが登場したことによる技術革新によりもっと薄いスライスかつ短時間で撮影することができるようになっている.被告は本当に1センチを超えなければ腹膜播種は診断できないと主張するのであれば,外科学会や消化器外科学会でそのように堂々と発表してみられてはいかがかと考える.

コンピュータ断層法(CT)は1973年にイギリスで開発されたX線診断装置で,コンピュータを使って人体の横断画像を撮影するものである.CTの普及により診断・治療が飛躍的に向上した.体の周囲をX線ビームが一周し,一つの断層面を画像にする.例えばその断層面が1cm厚のスライスだとしたら30cmの長さの肺を全部撮影するには30回同じ作業をする必要があった.また,一画像を撮る間は,呼吸の影響を受ける部位では息を止める必要があり,検査時間は20分程度かかってしまっていた.これに対してヘリカルCTは人体をらせん状(ヘリカル)に撮影していくため,1回の息止めで30cmの範囲を撮影する事が可能となっていて,撮影時間は20秒前後である.こうしたマルチスライスCTはX線を体の周りを回転させながら照射することで輪切りの断面写真を撮影する.上半身全体など広い範囲の撮影には長い息止めが必要であったが,撮影中に血圧や脈拍数が上昇するため乳幼児や高齢者,重病の人には検査しにくいという問題があったし,常に動いている臓器(心臓)は精密な画像を撮ることは難しいとされていた.この問題を解決したのが,それまで1列だったX線検出器を複数に配列したマルチスライスCTである.16列の機器では従来に比べて撮影速度が16倍,装置の回転速度は2倍となる.ヘリカルCTの登場は1990年ごろであり,それから10年ほどして多列化の時代を迎えた.従来より30倍以上の高速度で鮮明な画質を得ることが可能となった.撮影速度が速くなったことにより被爆量も軽減することが可能である.こうして現在では,造影CTが心臓カテーテル検査にかわり心臓の栄養動脈である冠動脈の評価に使われているくらいである.

マルチスライスCTでは1mm以下の幅で輪切り画像を多数積み重ね,従来では不可能だった縦方向の画像も描出可能となった.あらゆる角度,方向から臓器が立体的に手に取るようになっている.画面上で臓器を動かし,下や裏側から見ることも可能である.冠動脈,大動脈などの循環器領域は勿論,胃・腸などの消化管や肝臓,胆のう,膵臓などの各臓器,腰椎,頚椎などの骨など全身が撮影可能である.

こうした画像検査技術の進歩のため,1センチを超えるまで腹膜播種の診断がつかないなどということはない.むしろ,腹膜播種は生命予後に大きく影響するため,早期発見すべく神経をとがらせるのが通常の医師である.筆者ががんプロ大学院で消化器癌を研修(2010年)した四国がんセンターでは,毎週水曜日に外科,消化器内科,放射線画像診断科,放射線治療科の医師たちが参加して,症例検討会が行われ,どの部位の消化器癌であっても,いかに腹膜播種を早期発見するか,いかに治療するかについて議論がなされていた.基本は,目を凝らしてCTを見比べることであり,疑わしいと思ったら経時変化をしっかり観察すること,どうしても確認したいときには腹腔鏡で確認するなどという手法がとられていた.筆者は医師歴11年目(2005年)に外科医として過ごしており,消化器外科にいたため,今般,消化器外科専門医の先輩に再度この辺りを確認したが,全く同じ意見であった.

画像診断技術が格段に進歩したにもかかわらず,1センチに播種が育つまで診断できないと主張し,なおかつ最初の大腸がん発見の状況も含めて毎回腸閉塞を起こして大々的に開腹しないと診断できない,という時点で大変驚く,というのが現在の外科専門医たちの感性である.

 また,「CTでは1cm以下の病変は捉えることはできない。」との被告主張に対しては,それならば,被告がすべて血管だと主張しているものはいったい何ミリかという質問をしたい.せいぜい数ミリのものに対してすべて血管だと決められるほどの解像度を誇っているのが現在のCTだと被告は主張しているのではないか.よってこの主張は,すでに論理破綻していると考えられる.

 

 

問10 平成23年3月24日のCTで腹膜播種を疑うことはできないのでしょうか。

[5]平成23年12月2日の開腹手術中に腹膜播種が発見されており,平成23年3月24日の時点でも腹膜播種が客観的に存在した。 【6】3月24日の時点で腹膜播種が客観的に存在していたことは間違いないが、だからといってこの時点でCT画像上で客観的に存在する腹膜播種を認めることは不可能であり、疑うことはできない。客観的に存在することと、疑うことができるかという問題は別問題である。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

前問で述べた通りであり,それまでになかった小結節影が腹膜に出現した場合,大腸癌の治癒切除歴があり,術後化学療法もしている患者なのであるから,最も疑わしいのは腹膜播種である.鑑別診断学に関して述べた通り,見落とすと生命予後に影響が大きいものについては,見落とすことがないように細心の注意を払って経過観察すべきであって,「疑うことはできない」ときっぱりというのであれば,それは,「腹膜播種を発見する気がない」と主張しているに他ならないのであり,もしもそうであるならば,患者が医師を選択するのに際して重大な情報であるため,患者にそれを宣言するというかたちで開示せねばならない.

むしろ,世の中の通常の消化器外科医たちは,いかに腹膜播種を早期に発見するかについて腐心しているのであるから,「疑う」ことは常にして,細心の注意を払ってCTを読影しているのである.腹膜播種は小結節影であるため細心の注意を払わねば見つけられず,常に「腹膜播種がないか」つまり,「腹膜播種を疑って」画像を丁寧に見比べるのである.ここまで突飛で特異な意見をよく述べられるものだと感心するものであるが,このような内容を学会発表すると,一刀両断されることは,被告が一番よく知っているはずである.

 

 

 

 

 

問11 平成23年3月24日当時,故**の癌は,FOLFOXに対してレジスタント(耐性)だったのでしょうか。

[8]平成23年3月24日当時,**の癌は,FOLFOXに対してレジスタント(耐性)だった。 【8】争う。抗癌剤が効いていたからこそ、この時期の腹膜播種の増大が抑えられていたと考えられる。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

原告ら主張の通りである.

以下に,2009年の米国National Comprehensive Cancer Network(NCCN)の「結腸癌ガイドライン 第3版」より,切除不能な異時性転移が認められた場合の治療方針についてのフローチャートを引用する.

 

CT, MRIまたは生検で異時性または同時性に切除不能な遠隔転移巣が認められた場合,化学療法を行って切除可能となる場合であってもそうでなくても,

・ 12か月以内のFOLFOX術後化学療法の治療歴がある場合は,FOLFIRI±ベバシズマブまたはFILFIRI±セツキシマブ(KRAS遺伝子が野生型である場合)

・ 12か月より前にFOLFOXの術後化学療法歴がある場合,先行する5-FU/LVまたはカペシタビン投与歴がある場合,先行する化学療法歴がない場合は,有効な化学療法レジメンに.

  ↓

2か月ごとに切除可能への変更を再評価

  ↓

切除可能となれば切除の上,有効な化学療法レジメンまたは経過観察

切除不能のままであれば有効な化学療法レジメンまたは経過観察

 

となっている.

 昔は医師一人一人が勝手に「これがいい」と思い込んだ治療を行っていたのも歴史の事実であるが,近年,きちんと臨床試験の上,様々なclinical questionに結論を求めるという手続きがきちんとなされて積み上げられているため,医師個々人がサイエンスではなくアートな部分を働かせるということは,化学療法に関しては特になくなりつつある.そもそも,そうした「医師個人が『これがいい』と思い込んでする治療」ががんの分野では横行していたため,がん対策基本法が治療の均霑化などをその基本理念に掲げて制定されるに至り,我が国のがんの医療政策の根幹となってすでに10年が経過しているのである.国を挙げて治療の均霑化に取り組んでいる中,このようなガイドラインに記載がある内容も知らず,争えると勘違いしているのであれば,化学療法に関する知識が不十分であると指摘されても仕方がないのではないか.

NCCNのガイドラインにあるように,既に,術後化学療法からの耐性と判断する時期については,FOLFOXについては「12か月」という決着をみているから,6か月以内の当該症例が耐性と判断されるため,FOLFOXではないレジメンを選択すべきなのは明白である.NCCNのガイドラインという世界的にもトップレベルの信頼性の高い診療ガイドラインに記載されているのである.被告は「争う」と言っているが,NCCNのガイドライン以上に確かなものは存在しない.どうやって争うのか,反論を待ちたい.

 しかし,「病院は,傷病者が,科学的でかつ適正な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として組織され,かつ,運営されるものでなければならない。」(医療法第1条の5後段)と定められている通り,医療機関は科学的で適正な診療をしなければならないのであり,つたない一人の経験則に基づいた私見など,科学的根拠の前には何の役にも立たない,というのが現在の医療界の常識なのであるが.世界の医学の最高水準の学者たちを結集して作成する診療ガイドラインに従うつもりはあっても,挑もうなどという考えは,筆者としては毛頭ない.

 念のため述べておくが,NCCNのガイドラインはfreeでメールアドレスを登録しさえすれば誰でも最新版を見ることができる.また,英語がまったくわからないのだとしても,大事なガイドラインなので大腸がん研究会のホームページに日本語訳が掲載されているが,こちらは更新が少し遅れていて,2016年8月22日現在で2016年版第2版である3)が,大腸がん研究会では2015年第2版の和訳が掲載されている4).しかし,2011年の当該症例の再発時においては,2009年版の和訳はすでに大腸がん研究会HPにあったと考えられるし,こういう内容(術後化学療法からどれくらいの期間をおいて再発したら耐性と扱うか)はこの年度に新しく決まったとものでもなく,もっと古くから変わっていないため,何年のものであっても内容としては同じである.したがって,術後化学療法から12か月以内の再発は当該レジメンに耐性とみなしてレジメン変更しなければならない,という事実には簡単にアクセスできる状況にあった.

 そうでありながら,被告は今でもこの事実を知らず,NCCNのガイドラインなどという争いようのないものと争うという決意を示している.抗がん剤の使用方法に対する無知というファクターがなければ,NCCNに挑むなどという非常識な行動に出ることは考えられない.被告はこうした抗がん剤投与の基本的な考え方に対する知識を欠いているのだ.知ろうともしていない.大腸癌研究会のガイドラインなど,大腸癌を扱う外科医なら当然知っているし参照しているものである.さらにその上の世界標準であるNCCNのガイドラインがあり,大腸癌研究会がかなり前から(少なくとも筆者ががんプロ大学院に入学した2008年時点にはあった)その和訳を掲載してくれているのにもかかわらず,見ようとも理解しようともしなかったので,今でも知らずに,世界標準であるNCCNのガイドラインに向って「争う」と表明しているのではないか.もしもその事実(術後化学療法の再発時に当該レジメンに対して耐性と扱わねばならないかどうかは最終投与から再発までの期間で決まる)を被告が知らないということを患者が知りえたとすると,被告医療機関において安心して治療を受けられたのだろうか.被告病院は臨床研修病院や内科・外科といった大きな学会の教育施設,教育関連施設であり,地域の基幹病院である.そうした病院であるからこそ,患者たちはそれにふさわしい医療水準にあると信じて受療する.その一方で,このような基本的なことを「不知」なまま診療が行われているということに,愕然とするとしか言いようがない.被告が,自分たちに求められている医療水準は低いのだ,という内容を準備書面で主張しているということにも大変驚く.専門医や指導医をおいて,学会の専門医養成における施設認定を取るということは,各学会に医育機関である大学病院に次ぐ医療水準にあると主張しなければならないはずである.一方で被告は裁判所に対しては自分たちに求められている医療水準は低いと申し述べている.本気でそう申し述べるのであれば,被告医療機関を施設認定している学会に対し,この準備書面を出してみてはどうか.公開の場である裁判所に言えることは,どこに向っても自信をもって言えるはずである.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問12 新病変が病勢進行とされるのはどういう場合でしょうか。

[2]播種結節は新たな病変と捉えるべきであり,新たな病変の出現が疑われた以上(「疑い」で十分であり,確定診断は不要である。),病勢進行(PD)と判断される。腹膜播種と確定診断する必要は,必ずしもない。抗がん剤治療中に新病変が出現した場合,わざわざ生検して転移であると確定診断などしなくても,病勢進行(PD)と判断するのが通常である。画像診断上,腹膜播種と確定診断できるような状態(結節の大きさが1cmを超えるような状態)になるまで待っていたのでは遅い。画像診断上腹膜播種を疑えばそれで足りる。疑わしい病変の出現をもって,腹膜播種とみなす。腹膜播種の疑いを持った時点で,がんの再発が疑われるのである。 【2】争う。病勢進行(PD)と判断するためには、腹膜結節(腹膜播種)が画像上確認されることが必要であり、疑いでは足りない。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

原告ら主張のとおりである.

 被告は,画像上確認されることが必要だと主張しているが,それこそ根拠がない.結節として画像上1センチを超えていても,それだけで癌だと決定できるわけではなく,画像だけでは何も決めることができない.そもそも,画像として「確認」される,ということが何を意味するのか,被告は明らかにすべきである.医学的定義も論理も根拠も述べず,いたずらに主観を裁判手続きにおいてまで申し述べるというのは,被告がいかに科学的根拠に依らない主観に基づいた診療を行っているかという証左であろう.通常,我々自然科学者である医師が「根拠がない」というときは,例えばgoogleやpubmedなどでどういうキーワードを入れて検索した結果「見つからなかった」ので「ない」といったステップを踏んで述べるものであるが,被告は,「根拠がない」という自分たちに都合のいい結果だけを申し述べている.このように何の論理もない文章を拝見すると,ただただ驚くとしか言いようがない.

病変の大きさによらず,たとえ1センチ以上の大きさであっても,最終的に確定診断というのは病理学的に行うのである.画像上は良性悪性の区別すら厳密にはつかないので,画像で確定診断ということ自体が無理のある主張である.したがって画像はすべてが「疑い」の範疇にしか入らないのである.それとも,被告病院では画像だけでがんを確定診断しているとでもいうのか.がんの診断はあくまでも病理所見でなされるのである.

たとえば,大腸癌術後で数年経過してから肺に孤立性陰影を認めた場合,病理組織検査を行い,良悪の区別,癌だとすると原発巣が肺なのか,それとも消化管なのか,大腸癌の遠隔転移なのか,などについては免疫染色を含めて行い,判断していくこととなる.

しかし,当該症例のように,原発巣切除術から1年未満(後方視的に確認できる3月をその腹膜播種の時点とする)であり,小結節影が多発している場合,やはり最も疑わしいのが大腸癌の腹膜播種である.

経過観察中に新病変が一つだけ出てきた場合などは,画像だけではわからないので,経過を追って大きくなるかどうかなどで臨床的に判断するか,組織をとって確定的に診断しないと,再発かどうか決められない場合もある.このように,画像だけでは何も決まらず,経過やその病変の経時変化でみていくのであり,1センチないと診断できないなどという主張そのものが,まったく根拠のない医学的社会通念を欠いたものなのである.

「内科診断学 第2版」によると,「(腹膜播種)診断困難例では,試験開腹,腹腔鏡検査で組織診断を必要とする.」とある.したがって,被告主張の通り,「腹膜結節(腹膜播種)が画像上確認されることが必要であり,疑いでは足りない。」のであれば,なおさら,疑った段階で確定診断できるように試験開腹などして確認すべきであるし,侵襲が大きいのでいやだと患者が選べば経過観察など話し合って方策を決めるべきである.

また,「今日の治療指針2016年版」には,「腹膜播種は腫瘤を形成しにくいため,CT,MRI,PET検査の感度は低く,腹水,水腎症,腸間膜や大網の肥厚などの間接的所見により診断する.腹腔鏡検査は診断に有効である.」と書かれてある.腹膜播種に対してなにか新しい知見が最近加わったということではなく,むしろ難治性なのでなかなか対策が進まないものであるから,2010年当時もこの状況が異なったわけではない.被告は,腹腔鏡をすることは非常識だという内容を準備書面に述べているが,医学の範囲は膨大であるので,たとえ専門医や指導医であっても一人の医師が全部網羅できるはずもなく,常に自分を疑い研鑽しなければならない医師という立場,それも専門医や指導医という立場でありながら,自分たちが知らないことを相手が述べると非常識だと一蹴するという態度は,大変疑問に感じる.なぜそこまで自信があるのか.逆に,そのような自分を過信した態度で診療を続けて誤診につながっているのではないか.

また,「腹膜播種は腫瘤を形成しにくいため,CT,MRI,PET検査の感度は低く,腹水,水腎症,腸間膜や大網の肥厚などの間接的所見により診断する.」ものであるのに対して,被告は「病勢進行(PD)と判断するためには,腹膜結節(腹膜播種)が画像上確認されることが必要であり,疑いでは足りない。」と述べている.被告は,「腹膜結節(腹膜播種)が画像上確認されること」とは一体何を意味するのかについて,明らかにすべきであるし,「必要である」ことに対する科学的根拠を提示すべきである.「疑いでは足りない」ことについても同様である.医療は自然科学である医学の実践の場であり,科学的根拠がなければならない.

 「固形がんの治療効果判定のための新ガイドライン」(RECISTv1.1)より引用して,いかに治療効果を判定するか,定義がどのようになっているのかを説明することとする.

 まず,RECISTv1.1は,病変の評価のための分類について述べている.

 

  1. ベースラインにおける腫瘍の測定 可能性(measurability

 ベースライン評価において、腫瘍病変およびリンパ節は、以下の規準に基づいて「測定 可能(measurable)」、「測定不能(non-measurable)」のいずれかに分類される。

 

3.1.1. 測定可能(measurable

腫瘍病変(tumour lesions): 少なくとも 1 方向で正確な測定が可能であり(測定断面 における最大径(長径)を記録する)、かつ以下のいずれかのサイズ以上のもの。

  • CTで10 mm(CTのスライス厚は5 mm以下)
  • 臨床的評価としての測径器(caliper)による測定で10 mm(測径器により正確に測定できない病変は測定不能として記録する)
  • 胸部X線写真で20 mm

リンパ節病変(malignant lymph nodes): 病的な腫大と判断され、かつ測定可能なリンパ節は、CTで評価した短軸の径(短径)が15 mm以上(CTのスライス厚は 5 mm以下を推奨)。ベースラインおよび経過中は、短径のみを測定して評価する。

 

3.1.2. 測定不能(non-measurable

小病変(長径が 10 mm 未満の腫瘍病変または短径が 10 mm 以上 15 mm 未満であるリンパ節病変)、および真の測定 不能病変を含む、測定可能病変以外のすべての病変。真の測定不能病変とみなされる病変には次のものがある。軟膜 髄膜病変、腹水、胸水または心嚢水、炎症性乳がん、皮膚や肺のリンパ管症、視触診では認識できるが再現性のある画像検査法では測定可能ではない腹部腫瘤や腹部臓器の腫大。

 

以上より,被告が主張するように,「1センチを超えないと確認できない」のではなく,1センチを超えない小結節は「非標的病変」と取り扱われるだけである.

 

 次に,新病変について述べる.

4.3.5. 新病変(new lesions

新しい腫瘍性病変の出現は疾患の増悪を示すことから、 新病変の検出に関して言及しておくことは重要であろう。放射線画像での新病変の同定に関する特別な定義はないが、 新病変の所見は明らかな(unequivocal)ものでなければならない。すなわち、撮影方法の相違や画像モダリティの変更 による変化や、腫瘍以外の何かを示すと考えられる所見(例 えば「新しい」骨病変の中には、既存の病変の治癒の過程 や一過性の見かけ上の増悪を見ているに過ぎないものがあり得る)であってはならない。このことは、ベースライン評価で指定した病変が部分奏効または完全奏効を示している場合に、特に注意しなければならない。例えば、肝病変の壊死が、実際には新病変ではないのにCT読影報告書で「新しい」嚢胞性病変として報告されることもあり得る。 ベースライン評価では撮影されなかった臓器や部位において、経過の検査で病変が同定された場合、それは新病変 とみなされ、増悪と判定される。このような例として、ベースライン評価では体幹部の病変が認められた患者において、 試験中に脳のCTまたはMRIが実施され、転移が認められた場合がある。この患者の脳転移は、たとえベースライン評価の脳画像がない場合でもPDの証拠とみなされる。 新病変が明確ではない場合(例:サイズが小さい)、治療を続けて再評価を行うことで真に新病変であることが明らかになることがある。撮影を反復した後に新病変と判定された場合、最初の撮影の日付をもって増悪とすべきである。 FDG-PET による効果の評価はさらなる検証が必要ではあるが、増悪の評価(特に新病変の可能性がある時)においてCTを補完するために FDG-PETを併用することが妥当とされる場合もある。FDG-PET 画像に基づく新病変の評価は、以下の手順に従って行うことが可能である。

  1. ベースライン評価での FDG-PET 陰性かつ経過時の FDG-PETが陽性となった場合: 新病変として総合効果PDとする。
  2. ベースライン評価では FDG-PET 不施行で、経過時に FDG-PETが陽性となった場合: 経過時の FDG-PET 陽性が、CT で確認された新病変に対応する場合はPDとする。

経過時の FDG-PET 陽性が、CT で新病変と確認されない場合は、当該部位で真の増悪か否かを判定するため に、さらに経過観察後の CT の再検を要する(真に増悪だった場合、PD 判定日は FDG-PET が最初に陽性を示した 日とする)。CT の形態画像上は増悪と判断されなかった 病変で、FDG-PETが陽性であってもそれはPDとしない。

 

 このように取り決められており,「病勢進行(PD)と判断するためには,腹膜結節(腹膜播種)が画像上確認されることが必要であり,疑いでは足りない。」については,「画像上確認される」ことがいったい何を意味しているのか不明であるし,もしも播種結節が1センチにならねば確認できないという意味であれば,「新病変が明確ではない場合(例:サイズが小さい),治療を続けて再評価を行うことで真に新病変であることが明らかになることがある。」とはっきり述べられていることに対して,どのように反論するつもりなのか.たとえば,脳転移,肺転移にしても微小結節影のこともあるため,それが多発していたり,経過中に増大するようであればそれで診断するのが通常である.原発巣切除から数年経過していて,転移という形での再発なのか,原発巣が別にあるのか,感染症なのかなど鑑別を要する場合は生検して確定診断しないと治療方針も決められないため,決して「播種結節が1センチを超えないと何もしないのがあたりまえ」ではない.いずれにせよ,このような被告の主張にこそ医学的根拠がない.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問13 本件当時,大腸がんの腹膜播種に対する分子標的治療薬の有効性についての明確な医学的知見はありましたでしょうか。

[7]その後,キードラッグ3剤(イリノテカン,フルオロウラシル及びオキサリプラチン)に加えて,分子標的治療薬の有効性が順次示されたことから,「ある薬は全部使おう」というのが大腸がんに対する化学療法の基本的な考え方である。「化学療法をやれるだけたくさんやった方が生存期間中央値が伸びる」というのは科学的根拠に基づいた常識である。 【7】争う。本件当時、大腸癌の腹膜播種に対する分子標的治療薬の有効性についての明確な医学的知見は存在していない。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

2009年の「腫瘍内科」に載っている消化器がん薬物療法の総説から当時の知見をお出しする.そこに書かれている通り,治療経過中に5-FU, L-OHP, CPT-11のキードラッグをすべて投与したほうが全生存期間が長いという報告がある.「腫瘍内科,3(2):157-163,2009」の「消化管がん(切除不能進行例)での標準治療と実地医療における注意点3)大腸がん」p157を参照いただきたい.

分子標的治療薬について,以下述べることとする.

 

  • ベバシズマブ 腫瘍内科,4(6):538-548,2009

ベバシズマブ併用による切除不能進行・再発大腸がんの治療における治療効果を2009年までの大規模臨床臨床試験で表にすると次のようになる.(第Ⅲ相試験のみ)

base base regimen response rate (%) progressive free survival (mos) overall survival (mos) line study phase
L-OHP FOLFOX4 47 9.4 21.2 1 N016966 PⅢ
XELOX 46 9.3 21.4 1 N016966 PⅢ
FOLFOX 46 11.1 not reached 1 PACCE PⅢ
FOLFOX4 22 7.2 12.9 2 E3200 PⅢ
CPT-11 IFL 45 10.6 20.3 1 AVF2107g PⅢ
FOLFIRI 39 11.7 not reached 1 PACCE PⅢ

AVF2107g試験は一次治療としての化学療法(IFL:イリノテカン+急速静注5-FU)に対するbevacizumabの上乗せ効果最初に示した第Ⅲ相試験である.主要評価項目である生存期間中央(median survival time:MST)はIFLで15.6か月,IFL+bevacizumabで20.3か月〔hazard ratio(HR)=0.66,P<0.001〕と有意に延長した.副次評価項目の無増悪生存期間(progression-free survival:PFS)や奏効率(response rate:RR)もbevacizumab併用群で有意に優れていることが示された.この結果をもってbevacizumabは2004年2月にFDAより,進行大腸がんの初回治療における静注5-FU含有レジメンとの併用で承認された.我が国では2007年4月に保険収載された.

また,IFL不適格例〔65歳以上,performance status(PS) 1or2,血清アルブミン値3.5g/d/以下,腹部骨盤への照射歴あり〕を対象に5-FU/+leucovorinLV)と5-FU+LV+bevacizumabを比較するランダム化第Ⅱ相試験も行われている(AVF2192g).その結果,有意差には至らなかったもののMSTは3.7か月延長され,PFSは5.5か月,9.2か月(HR=050,P=0.0002)と,5-FU+LV+bevacizumabが有意に優れていた.

5-FU+LV+bevacizumab群のPFS 92か月は,-次治療としてのFOLFOXやFOLFIRIに匹敵する成績である.

米国でも切除不能・再発大腸がんに対する標準治療がIFL療法からFOLFOX/XELOX,FOLFIRI療法に移行したため,これらの化学療法に対するbevacizumabの上乗せ効果を検証する臨床試験が行われた.

NO16966試験は当初XELOXのFOLFOXに対する非劣性試験として始まったが,AVF2107g試験の結果を受けて,XELOX/FOLFOXに対するXELOX/FOLFOX+bevacizumabの優越性も検証する2×2fractional試験に変更され,5-FUに対するcapecitabineの非劣性も同時に検証された.その結果,主要評価項目であるPFS

はXELOX/FOLFOXで8.0か月,bevacizumab併用群で9.4か月(HR=0.83,P=0.0023)とbevacizumab併用群が有意に優れていたが,その延長は1.4か月とAVF2107gやAVF2192試験に比べて満足のいく結果ではなかった.オキサリプラチンによる神経毒性などでnon-progressive disease(PD)中止となった症例が多かったためとされ,bevacizumabの効果を最大限に引き出すためには,オキサリプラチン中止後も5-FUとbevacizumabを併用してPDまで継続投与することが大切と考えられている.

二次治療におけるbevacizumabの有効性を検討した第Ⅲ相試験としてE3200試験が行われている.5-FUとイリノテカンによる前治療歴のある大腸がん患者を対象にFOLFOX,FOLFOX+bevacizumab(隔週10mg/kg),bevacizumab単独(隔週10mg/kg)の比較試験として開始されたが,中間解析でbevacizumab単独群の生存が劣っていたためこの群への登録が中止となった.主要評価項目であるMSTはFOLFOXにて10.8か月,FOLFOX+bevacizumabにて12.9か月(HR=0.75, P=0.011),PFSはそれぞれ4.7iか月,7.3か月(HR=0.61, P<0.0001)と二次治療においても

bevacizumabの有効性が示された.

以上,bevacizumabは初回治療の標準レジメン(FOLFOX, XELOX, FOLFIRI, 5-FU+LV, capecitabine)に組み込まれるようになり,2次治療における有用性も示されていた.

  • セツキシマブ 腫瘍内科,4(6):538-548,2009
    Cetuximab
    の臨床開発は,二次治療,三次治療から開始された.ランダム化第Ⅱ相試験であるBOND試験ではイリノテカン耐性の進行大腸がんに対してcetuximab単剤とcetuximab+イリノテカン併用療法の効果が検討された.主要評価項目であるRRはcetuximab単剤でも8%,cetuximab+イリノテカン群で22.9%(P=0.074)た進行大1場がんに対するcetuximab単剤とbest supportive care(BSC)群を比較した無作為化第Ⅲ相試験(NCIC C.17試験)が実施された.主要評価項目であるOSは,それぞれ61か月,4.6か月(HR=0.77,P=0.005)とcetuximab群で延長され,PFSも有意にcetuximabが優れていた(HR=0.68,P<0.001).以上の結果をもってcetuximabは単独療法またはイリノテカンとの併用療法で,主に三次治療に位置づけられた.

 

これらの臨床試験のeligibility(適格基準)を見ていくこととする.

 N01966から引用する.

 

Patients age ≥ 18 years with histologically confirmed MCRC, one or more unidimensionally measurable lesions, who were not felt to be amenable to curative resection, with an Eastern Cooperative Oncology Group (ECOG) performance status of ≤ 1, and a life expectancy of longer than 3 months, were enrolled. No prior systemic therapy for MCRC or previous treatment with oxaliplatin or bevacizumab were allowed. Radiotherapy or surgery for MCRC was permitted if completed ≥ 4 weeks before random assignment.

18歳以上で組織学的に転移性大腸がん(metastatic colorectal cancer)だと確定した患者で,一次元で測定可能な病変をもち,切除可能ではないことを受け入れ,ECOG PS1未満,かつ余命が3か月以上見込まれていれば登録できる.これまでに転移性大腸がんに対してオキサリプラチンやベバシズマブ,その他の全身療法で治療歴がなくても参加できる.転移性大腸がんに対する放射線治療または手術はランダム割り付けから4週間以上間隔が開いていれば可能である.

 

 これが,転移性大腸がんの臨床試験に対するオーソドックスな適格基準であり,遠隔転移をたとえば,肺転移がある大腸がん,腹膜播種がある大腸がん,脳転移がある大腸がん,などと分けて臨床試験することはない.そして,標的病変があればよいため,肺転移や肝転移,脳転移などに加えて「腹膜播種としては非標的病変がない」腹膜播種症例であっても,そうした形でエントリーされる.症例数が多い臨床試験で統計処理に耐えられる場合,subset analysisといって,臓器別に統計処理することがある程度である.サブセットアナリシスは,参考程度の取り扱いとなり,エビデンスとしては扱われないのが通常である.

 したがって,被告のいうとおり,世の中に,「本件当時,大腸癌の腹膜播種に対する分子標的治療薬の有効性についての明確な医学的知見は存在していない」は,本件当時だけでなく,今後もそういう医学的知見は出てこないという意味で,科学的根拠のある真実ではある.しかし,科学的根拠のある真実があるとして,それがどのような意味があるかについては全く別次元の問題である.異なる次元の物事を一緒に論じるのは,詐欺的手法である.尚,原告ら代理人が甲号証として提出してきたように,少ないながらも腹膜播種に化学療法を行って奏功したという症例報告があり,これらも一応,エビデンスレベル5ではあるが,「エビデンスはない」と主張する被告に対する反論には耐えられるものである.

 

そもそも,転移した臓器によって転移性大腸がんの治療が異なるなどということは全くなく,大腸がんはどの臓器への遠隔転移であっても,「切除不能」である限り治療方法は異ならない.被告は,もしかしたら,腹膜播種が遠隔転移と扱われるということを失念して論じているのか.はなはだ疑問である.被告は大腸がんの腹膜播種に対していったいどのような治療戦略を持っているのか,教えてほしい.

 

 

問14 ベバシズマブ(アバスチン)は,大腸がんに対しては,単剤では効果ないものの,抗がん剤に対する上乗せによる効果が臨床試験で実証されており,できる限り使うことが推奨されていましたでしょうか。

[8]ベバシズマブ(アバスチン)は,大腸がんに対しては,単剤では効果ないものの,抗がん剤に対する上乗せによる効果が臨床試験で実証されており,できる限り使うことが推奨される。 【8】争う。本件当時、大腸癌の腹膜播種に対する分子標的治療薬の有効性についての明確な医学的知見は存在していない。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

 原告ら主張の通りである.

 前問で記述した通りである.

 「腫瘍内科 第3巻第2号」p158に,2009年当時のNCCNガイドラインの転載もあるので参考にされたい.

 

 

過失3(転医義務違反[過失⑧])

 

問15 大腸癌の若年発症例においては,小児腫瘍学や精神腫瘍学などの専門家を含めた集学的アプローチが必要とされるでしょうか。

[2]大腸癌の若年発症例においては,小児腫瘍学や精神腫瘍学などの専門家を含めた集学的アプローチが必要とされる。 【2】争う。そもそも原告らがいう集学的アプローチの中身についての具体的な主張立証がない。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

 原告ら主張の通りである.

「集学的アプローチ」というのは,医学の中で浸透している概念であって,定義づけがないとその言葉が理解できない,というものではない.たとえば,信号機に向かって,「信号機とは何ですか」という質問をする程度の話である.この証左として,平成27年6月の厚生労働省がん対策推進協議会が出した「今後のがん対策の方向性について」という文書の中から引用することとする.

 6ページに集学的治療という言葉が出てくる.

 

「膵がんや胆道がんのように未だ治療困難ながん等については、5年生存率も低く、患者は診断時に多大な精神心理的苦痛を抱え、がんと向き合うこと ができないことも多い。これらの難治性がんに対する、有効で安全な新しい治療法の開発や効果の期待できる治療法を組み合わせた集学的治療の開発をより一層推進することにより、より多くのがん患者ががんと共に生きることができる社会を構築していく必要がある。」

 

 当該文書のなかに,集学的治療とは何かという説明は一切ない.集学的とは文字通り,学問を集めて,という意味であり,例えば食道がんに対する集学的治療であれば,外科学(手術),放射線治療学(放射線治療),内科学(抗腫瘍薬)などの異なった学問を集めて当該患者の最大の治療効果を得られるようにしていくことである.

 集学的治療が必要な患者に対して,それらの学問からアプローチすることを集学的アプローチと呼ぶのである.

 一般的でない用語を羅列するときは,誤解を招かないように用語の定義は述べるのが行政の流儀であるが,集学的治療という言葉は,普通の用語になってしまい,厚生労働省のホームページを読解する能力がある程度の国語力がある国民ならば誰でも理解できる内容であるからして,まったく説明もしていないのである.

被告は,医師であるにもかかわらず,なにゆえ集学的アプローチの意味がわからないのか.外科で消化器外科を業務としていたら,通常は,食道がんを経験するものなので,集学的治療や集学的アプローチの意味がわからないはずがないのである.それとも,被告は自らの自己研鑽がいかに不足しているかということを申し述べているのか.

 さらに,同ページから引用する.

 

「基本計画において、重点的に取り組むべき課題として、新たに「働く世代や小児へのがん対策の充実」が盛り込まれ、施策を推進しているところであるが、個々のライフステージごとに異なった身体的問題、精神心理的問題、社会的問題が生じていることから、AYA(Adolescent and Young Adult)世代(思春 期世代と若年成人世代)や高齢者のがん対策等、他の世代も含めた「ライフステージに応じたがん対策」として、対策を講じていく必要がある。

AYA世代のがん対策については、就職時期と治療時期が重なるため、働く世代のがん患者への就労支援とは異なった就労支援の観点が必要であることに加え、心理社会的な問題への対応を含めた相談支援体制、緩和ケアの提供体制等を含めた、総合的な対策のあり方を検討する必要がある。検討に当たっては、思春期世代と若年成人世代で、直面する課題に相違点があるということも指摘されているため、両世代の課題の共通点と相違点を整理し、各年代に応じた対策を検討していく必要がある。また、AYA世代のがんの治療に当たっては、倫理面に配慮しつつ、生殖機能温存に関する正確な情報提供を患者・家族に対して行うよう、医療従事者に周知を図る必要がある。さらに、AYA世代の患者であっても、病状に応じて適切な介護が受けられる体制を構築していくことも重要である。」

 

 これらは,これから第三次がん対策基本計画に取り入れられていくこととなるが,もともとずっと存在していた問題なので,そういうところに取り入れられなければ取り組まなくてよいということではない.

 AYA世代は特に,心理的社会的に支援を要するため,集学的アプローチの意味がわからない被告医療機関で十分行えたのか疑問である.

 以上,被告が何を立証してほしいのか理解できない.

 

 

過失4(不必要な虫垂切除術[過失②])

 

問16 平成22年10月18日当時,虫垂切除術は必要な状態だったのでしょうか。

[1]虫垂炎は多少なりともあったのだろうが,虫垂炎として手術を必要とする程度の高度の炎症性所見はない。平成22年10月13日の血液検査では,白血球数が6,900/μL,CRPが0.1と正常範囲内であり,虫垂炎を臨床的に疑わせる所見はない。平成22年10月18日の退院時要約書(乙A4p6)によると,緊急手術当日の白血球が5,900/μLで正常であり,CRPも1.90mg/dLであり,それほど高くない。**の虫垂は,虫垂切除術が必要な状態ではなかった。 【1】平成22年10月18日、故**は外科外来を再度受診。腹痛持続しており右下腹部圧痛、腹膜刺激徴候も認められたため緊急手術目的で入院とし、虫垂炎(回腸末端炎)の診断で同日全身麻酔にて虫垂切除術を施行した(乙A4p29)。術後の病理所見でもカタル性の虫垂炎が診断されており、上記の経過で被告担当医らが虫垂炎の診断を前提に虫垂切除術を行ったことは適切である。

 [争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

 被告主張のとおり,病理所見では,「カタル性虫垂炎」であった.

 虫垂炎の手術適応について,言及されている外科の雑誌から引用する.

 

出典:「外科」vol75No.6 p576-583

虫垂炎の診断 -病理・画像診断

急性虫垂炎は,緊急手術の判断が求められる外科的疾患としてもっとも頻度が高い.典型的な虫垂炎であれば,虫垂炎を反映する各種の理学所見や血液検査での炎症反応上昇をもって診断が可能である.しかしながら,カタル性虫垂炎など保存的治療が可能な症例での虫垂切除や,小児例・妊娠例・高齢者などの典型的理学所見を示さない症例での診断の遅れによる症状重篤化など,これらの所見だけでは対応できない場合も少なくはない急性虫垂炎においても画像診断による病態評価および適切な治療戦略の決定が求められる.

 

虫垂炎の画像所見

腹部単純X線像では糞石の存在を確認できることがあるが,その頻度は5%程度である.また下部消化管内視鏡検査やbarium検査では,虫垂については診断困難な場合が多いさらにMRIでは腸管の蠕動運動により小病変の評価が困難である.虫垂炎の診断に現在汎用されている検査は腹部超音波検査とCT検査である.

 

1. 腹部超音波検査

超音波検査を実施する際には,①患者が一番痛がる部位(圧痛の最強点)と超音波検査での虫垂同定部が一致し,圧迫しても虫垂の管腔が潰れないこと,②虫垂が回盲部に連絡することを確認し粘膜下層を全長にわたり観察すること,③初回超音波検査で虫垂炎を否定した場合でも,検査を繰り返し偽陰性である可能性を念頭におくことが重要であることに十分留意する必要がある.

超音波検査上,虫垂はほかの消化管と同じく5層に識別され, 内腔側から第1層〔境界エコー+粘膜層(高エコー)〕, 第2層〔粘膜層十粘膜筋板十リンパ濾胞(低エコー)〕, 第3層〔リンパ濾胞を除く粘膜下組織(高エコー)〕, 第4層〔固有筋層(低エコー)〕, 第5層〔漿膜十境界エコー(高エコー)〕の順に並ぶ. 診断に際しては特に第3層の所見が重視され, それに基づいた病期分類が提示されている.虫垂炎各病期における超音波画像所見は以下のとおりである.

a)カタル性

虫垂の腫大(短軸径6~8mm), 虫垂壁の構造が保たれており, 第3層(粘膜下層)の軽度肥厚を認める.

b)蜂窩織炎性

虫垂の腫大(短軸径10mm以上),虫垂壁構造が不整である.第3層の肥厚が明瞭である.虫垂壁血流欠損はない.回盲部浮腫やリンパ節腫大を認める場合が多い.

c)壊疽性

虫垂の腫大(短軸径10mm以上).虫垂壁構造が不整である.壁の不連続性や粘膜下層消失を認めることがある.虫垂壁血流は減少している.

d)穿孔性虫垂の腫大(短軸径10mm以上であるが,穿孔により正常径を示すものがある).選考部位で虫垂の層構造が全層性に消失し,周囲に膿瘍貯留がある. イレウスの出現を伴う場合もある.

特に蜂窩織炎性と壊疽性の鑑別において, Bモードでの形態学的診断では不十分な場合があり, その際は虫垂壁内の血流の有無から2者を判別する(図2d, 3b).血流評価に関しては, ドプラ法(カラードプラ法/パワードプラ法)もしくは造影剤投与での評価があげられる.前者は特に深部病変での感度が低下するものの,非侵襲的評価が可能である.造影剤はドプラ法での評価と比較して血流の有無がより正確に評価できる一方で,現時点では虫垂炎に対する保険適用がない点と,造影剤使用による患者への侵襲性増大の問題点があげられる.

 

  1. CT検査

虫垂炎の典型的なCT所見として,①虫垂内腔径6mm以上,②虫垂壁肥厚2mm以上,③壁造影効果の増強,④虫垂周囲の脂肪織の毛羽立ち・濃度上昇,⑤糞石(石灰化)の存在,⑥内部での液体貯留などの所見があげられる. その他の所見として,ターケットサイン(肥厚した虫垂壁内に粘膜下層の浮腫が同心円状の低吸収のリングとして層状にみられる像)や,周囲腸管壁の反応性肥厚,虫垂周囲の液体貯留,限局した腹膜炎による近傍の壁側腹膜の肥厚と濃染などがある.

また,虫垂炎の合併症として膿瘍形成による腸管麻痒, 腸間膜静脈血栓などが起こることがあり,それらの所見がみられることがある.またmultidetecter-rowCTでのmulti-plannerreformation(MPR)による冠状断像や矢状断像により,内臓脂肪の極端に少ない症例や盲腸背側に回り込んだ虫垂など,通常の横断像では判別しにくかった虫垂の全体像が把握しやすい状態となっている.虫垂炎診断におけるCTの最大の利点は,客観的で再現性のある広範囲な画像が得られることである.局所的には超音波検査で描出することのできなかった虫垂の描出,虫垂炎以外の腹腔内疾患の鑑別が可能となる.また腹腔内全体像の把握が可能となり,開腹手術/腹腔鏡手術の選択や,妊娠例の子宮など術中注意を払うべき周辺臓器の認識などが可能となる.

 

 以上,画像所見からこれくらいは判るものなのであるが,画像読影は素人の筆者が見落とさない上行結腸の壁肥厚を見落としている被告に求めても無駄かもしれない.

 

次に,虫垂炎の手術適応についてであるが,軽症の虫垂炎症例に対する抗生剤投与か手術かという問題はいまだ議論のあるところであり,実際の臨床場面においては治療方針選択の際には患者側の要因や社会的な事情も関与するため,抗菌薬治療を選択した場合においても約20%の症例で再発し,手術が必要となる可能性があることを患者に十分に説明し,きちんとフォローすることが重要である.

また,「今日の診療プレミアムVol.19」(医学書院,2009年)内の「救急マニュアル第3版 >> 11.各種症状に関係する主な疾患の診断と治療 >> 11-4.消化器系疾患 >> 18 急性虫垂炎」より,急性虫垂炎の手術適応について引用しておく.

 

1.手術適応

 穿孔を起こさないうちに,手術しなくてはならない。以下の各項が手術適応の一応の目安となる。

 1)右腸骨窩部の強い限局した圧痛(one finger palpation

 2)筋性防御やBlumberg’s signのあること

 3)白血球数1万/mm3以上

 4)虫垂炎が原因と思われる発熱

 5)腹部膨満感の訴え

 6)エコー,あるいはCT上,虫垂腫大あり

 

 以上,現在までの臨床試験の論文をもとに軽症虫垂炎の治療方針に議論があるところであるということを述べたが,当該症例は,単純な虫垂炎ではなく,上行結腸癌に付随して虫垂に二次的に炎症が波及したものであるから,虫垂炎はあったのだからそれを手術して何が悪い,という論法は,「テポドンは確かに発射したが,日本をちゃんと越えて領海外の太平洋に落ちたので問題ない」に似たものを感じる.

そもそも,以上のような「議論のあるところ」というのは,虫垂炎で臨床試験を行った場合,ということであって,当該症例のように虫垂炎そのものが合併症の場合は,一次的な病因についてアプローチするのが当然である.しかし,被告はその一次病変を見逃して,アプローチすべき部位と疾患を間違えて手術したのであって,この手術そのものが不要である.赤信号を見落として信号無視で捕まって,見落としたといっても通じないのと同じレベルの話である.

 少なくとも,CRP軽度上昇,白血球数正常,体温37.4度と典型的な虫垂炎の所見ではない中,「緊急」虫垂切除をするのではなく,真摯にほかの原因がないかを検討する時間と慎重さを持つべきであったという非難は免れない.

 

 

過失5(不必要な腸閉塞癒着剥離術[過失③])

 

問17 虫垂切除時には,創部から指を突っ込んで周囲の腸管に問題がないか探るべきでしょうか。

[2]通常の外科医であれば,必要時には切開を延長して視野を大きく取れる下腹部正中切開を選択するものであるし,たとえ交互切開(McBurney法)を選択したとしても,虫垂切除時に創部から指を突っ込んで周囲の腸管に問題がないかを探るものである。 【2】外科医として何の理由もなく下腹部正中切開を行うことはないし、交互切開(McBurney法)を選択したとしても,虫垂切除時に創部から指を突っ込んで周囲の腸管に問題がないかを探ることなどはしない。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

 原告ら主張の「下腹部正中切開」は,「下腹部正中切開や傍腹直筋切開」の誤りではないかと拝察する.これ以外は原告ら主張のとおりである.

 「外科」vol75No6,2013 p598-601より引用する.

 

.開腹 

虫垂切除術での代表的な皮膚切開法には,交叉切開法(McBurney法)と傍腹直筋切開法(Lennander法)がある.交叉切開法は傍腹直筋切開に比べて皮切長が短く,整容性に優れ,術後の腹壁瘢痕ヘルニアの発生頻度が低いという利点があるが,創の延長が困難であり,高度炎症例や膿瘍形成例など拡大手術が必要になる可能性がある場合には,創の延長が容易な傍腹直筋切開法や正中切開法を選択することとなる.

 

.虫垂の切離・断端処理

最後に,長攝子とガーゼを用いて, Douglas窩や右傍結腸溝虫垂切除部をよく清拭する.炎症が高度な場合や, 虫垂穿孔例や膿瘍形成などで遺残膿瘍が危倶される場合には,十分量の温生理食塩水で洗浄する. 回腸末端炎やMeckel憩室炎,附属器炎などを除外するために,開腹創から可能な範囲で検索を行うことも重要である.

 

 これは2013年の外科という雑誌の依頼原稿であるが,筆者は2005年に外科学会専門医修練コースにいたことは前述した.そのときに,虫垂炎は執刀したことがある.抗菌薬で治療されたが,痛みが収束せず,自閉症もあり言語によるコミュニケーションが取れない患者であったため,CTなどで検討するも,疼痛の原因が本当に虫垂炎だけなのかについて画像上は虫垂炎の所見としては軽度であったため疑問があり,創を延長可能なように傍腹直筋切開を行った.虫垂炎しかないと自信をもっている症例であってもなくても,画像では確認できない病変が存在する可能性もあるため,開腹創から可能な限り,指を挿入して周囲の腸管に触れるなどして病変の有無を検索するよう,指導医から指導された.この雑誌に書かれてある通りの指導を受けた.

 被告病院は外科学会の修練施設である.このようなことも知らずに,外科学会の施設認定を取れるのだとしたら,はなはだ遺憾である.

少なくともこの虫垂切除術を当該雑誌に書かれてある通りの手技で行ってさえいたら,CTのスライス上では数センチしか離れていなかった上行結腸癌に気づき,数日以内に2度も開腹することにはならなかったはずである.被告は2度の開腹を患者にすることとなった原因を自分たちの見落としであるという認識も持てないのだろうか.さらに,見落としが,違うターゲットを対象とする無意味な手術につながり,患者に不必要な侵襲を与え,なおかつ,たった3日後イレウスを起こすまで一次病変に気が付かないという不手際によって重症化してから手術することとなったことに対する申し訳なさも感じず,そのうえさらに,「17歳の大腸癌は稀なので鑑別しなくてもよく,見落としても過失ですらない」と本気で主張するのであれば,このような技術的にも倫理的に問題のある医療機関はその存続を問われるべく,地域住民にこの事実を広く公表して判断を仰ぐべきである.

我々は完璧ではありえない.ヒューマン・エラーをゼロにはできない.起こったエラーに対しては,このようなエラーが今後起こらないようにどのように対策していくか,ということでお返ししていくしかないのだ.発生してしまったことはなかったことにできない.我々は医療者・患者双方にとって不幸なヒューマン・エラーから学び,その発生を減らすべく努力することでしか,この不幸を生かす手立てはないのだ.それが医療安全の考え方であり,航空機事故の考え方から導入されたものである.

しかるに,被告は,「希少疾患は見落として当然」と言っている.余計な侵襲を与えてしまったことに対する申し訳なさも一切感じられない.本来ならば,当該症例は院内事故調査委員会を設置して今後の対応を検討するような事例である.被告はいったい何を考えて,公開の場である裁判所に対して「誰でも見られる」書面で公式にこのような見解を堂々と述べているのか,裁判所で過失論を問われる以前に,医師としての職業倫理が問われるべきである.

 

 

過失8(適切性を欠く化学療法(平成23年12月27日以降)に関する説明義務違反[過失⑩])

 

問18 平成23年12月27日時点において,**のがんに対してFOLFOXは実効性があったでしょうか。

[2]約5か月前の化学療法においても同じレジメンの化学療法(FOLFOX)を実施したにもかかわらず腹膜播種が進行した。したがって,**のがんはFOLFOXに対する耐性であると判断するのが通常であり,実効性に疑問がある。 【2】術後補助化学療法は平成22年12月初旬から平成23年6月下旬まで行われ、投与の期間中と終了後しばらくは故**に異常は認められなかったが、同年10月に至って腸閉塞症状が出始め、同年12月の開腹で腸閉塞の原因が腹膜播種であることが判明した。この経過からすれば少なくとも抗癌剤投与の期間中は腹膜播種の増大が抑えられていた(抗癌剤はある程度効いていた)と考えるのが臨床的には自然である。
 そのため**の腹膜播種にFOLFOXがある程度効果があるとの予測のもとに、開腹で腹膜播種が判明した後の平成23年12月27日に、腸閉塞の進行を食い止める目的でmFOLFOX6にCmab(セツキシマブ/分子標的治療に属する抗癌剤)を加えて投与したことに何ら不適切な点はない。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

 術後化学療法の最終投与から再発までの期間がどれくらいであれば耐性と扱うかについては,前述のNCCNのガイドラインのとおり「最終投与から12か月以内」である.したがって,当該症例は明らかに耐性と扱わねばならない症例であることは争いの余地がない.

 また,被告はセツキシマブの投与に何ら不適切な点はないと主張しているが,診療録の中に,大腸癌のK-rasについての検査結果が見当たらない.

厚生労働省医薬食品局安全対策課は,2010年3月23日付に発出した通知(http://www1.mhlw.go.jp/kinkyu/iyaku_j/iyaku_j/anzenseijyouhou/268.pdf)で,治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌に用いる抗がん剤アービタックス(一般名:セツキシマブ遺伝子組換え)の添付文書に,K-ras遺伝子の変異の有無を考慮して投与することを追記するよう指導し,「医薬品・医療器等安全性情報No.268」にその旨記載がある.

セツキシマブは,K-ras遺伝子に変異のない(野生型)患者に効果が高いことが臨床試験で明らかになっており,変異があると効果がないことがわかってきたためである.K-ras遺伝子変異検査が2010年4月には保険適用となり,診断薬は承認審査中という状況から判断したものである.

したがって,やみくもに使うのではなく,セツキシマブを使う際には,こうした検査を行うのがすでに通常であった.

被告は,抗がん剤投与に対する基本的な知識を欠き,自分たちが考える「俺様の最善」,「俺様の頭ではこうなる」という論理とも言い難い概念を裁判所にぶつけているだけである.一体何がどう「自然である」のか,「問題がない」のか,筆者にはいくら読んでもさっぱり理解できない.

科学的根拠というのは,臨床試験が積み重ねられるたびにどんどん変化していくものなので,常に最新の知見が得られるように,こうした知見を製薬会社も積極的に医療機関に頒布している.

被告は,自分の考えていることの正しさになぜそこまで自信があるのか,筆者にはわからないが,これほど自信があれば,科学的根拠を軽んじて勉強不足になっても仕方がないのかとも感じる.医師は常に謙虚でなければならない.謙虚でなければ万能感が増すばかりで,自己研鑽の必要性などわからなくなるのかもしれない.

いずれにしても,今迄書いてきたものはすべて,簡単に入手できる教科書やインターネット,雑誌に書かれてある当然の医学知識である.これほどまでに自らの考えを何も調べずそれが正しいのか検証することもなく,裁判所という公式な場所に提出するからには,裁判所はなにもわからない,原告らには医学的知見を得る能力はない,と考えているのか.

しかし.裁判はあくまでも科学的根拠に基づいて事実認定すべきであるのだ.だとすると,自らの主張の妥当性を丁寧に検証することもなく裁判に臨むその姿勢こそ,非難されるべきである.

 

 

問19 平成23年12月27日時点において,**のがんに対するレジメンとして,セツキシマブ単剤の投与が適切だったのでしょうか。

[3]レジメンとしては,セツキシマブ単剤の投与が適切だった。 【3】争う。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

 この問いには,当該患者のK-ras遺伝子変異について検査がなされて野生型であった,という仮定のもとに答えることとなる.

 本来であれば,早期に腹膜播種を発見して,ベバシズマブを上乗せしてFOLFIRIを行うのが,この場合の抗がん剤治療の通常の考え方である.

 被告が腹膜播種を「腸閉塞を起こして開腹するまで」診断できなかったため,全身状態が不良となり,この選択肢は消えることとなる.イリノテカンは腸閉塞では禁忌にあたるからである.

 このためFOLFOXにしたのではないかと推測するが,そもそもFOLFOXは耐性と判断されるため,そのことを患者に説明してもなお,患者が強く望んだという場面でなければ投与すべきでないし,全身状態が不良な中,特にコンビネーション・セラピーは行うべきでない.

 固形腫瘍の抗腫瘍薬による薬物治療の考え方としては,抗腫瘍薬で治癒が望める疾患なのかどうかということで分ける.進行・再発大腸癌の場合,治癒は望めない.そこで,投与するメリットとデメリットを比較衡量することとなる.全身状態が良くて,余命の延長に寄与できる可能性のほうが,有害事象によるデメリットを上回るのであれば,患者と話し合って投与する方向になる.しかし,当該症例のように,全身状態が悪く(PS3),イレウスのためCPT-11も使えない,となると,残るは5-FU/LV, もしくはCmabということとなる.いずれにせよ,全身状態が不良な中,コンビネーション・セラピーは,特に,「治癒が望める」がん種でないかぎり,有害事象が有益性をはるかに上回ることが容易に予想できるため,行うにしてもそれを重々患者に説明して行うべきである.診療録からは,そのようなことを考えた記録も,説明した記録も見受けられない.

 

 

因果関係(過失1について)

 

20 平成225月時点で,**のがんは「cT2N0M0」のステージⅠであり,平成2211月時点のステージⅡよりも,5年生存率が7%高いといえるのでしょうか。

[1]大腸癌を正しく診断していれば,早期の根治療法が可能だった。**は当時17歳であり,若年性であることから,癌の進行が非常に速かったものと推測される。平成22年5月31日から平成22年11月4日まで5か月余り発見が遅れたことにより,**の上行結腸癌は相当程度進行したものと推測される。平成22年5月時点では,「cT2N0M0」のステージⅠであり,平成22年11月時点のステージⅡよりも,5年生存率が7%高い。 大腸癌のステージⅠの5年生存率がステージⅡに比して生存率が7%高いとの点は不知、その他は認める。ただし、平成22年5月の時点での**の大腸癌がステージⅠであったとの証拠はない。

[争点整理表より抜粋。左欄は原告ら主張,右欄は被告主張]

 原告らの主張を支持する.

消化管画像診断ガイドライン2007より引用する.

 

  1. 腹部 CT は大腸癌の術前検査として必要か

推奨度(A):腹部CTは、大腸癌の壁深達度、リンパ節転移、特に、肝転移の診断に有用で、術前検査として推奨される。

 

【背景】  大腸癌の術前あるいは治療前にCT検査は必要と一般的に認識されている。しかしながら、その検査法や適応基準は必ずしも明確に標準化されているわけではない。今回、CTが大腸がんの術前検査として必要か否かの基本的なクリニカル・クエスチョンを掲げ、文献的資料に基づいて検討した。

 

【サイエンティフィック・ステートメント】  CTによる大腸癌の壁深達度に関しては、T2以下とT3およびT4の鑑別が可能であるかを評価するケースシリーズ報 告が多くみられる。全て経静脈的造影を併用している。初期の10mmスライス厚での評価では、感度は58.0%-61.2%、特 異度は80.6%-87.5%、正診率は77.8%-83.0%という結果である。近年のMultidetector-row CT(MDCT)のthin slice画像(1-5mm厚)にmultiplanar reformation(MPR)画像も加えた評価では、その正診率は75.0%-95.2%とやや上昇するが、腸管壁外に描出される線維性の炎症性変化と腫瘍浸潤との鑑別が最終的に困難なために制限がある。また、CTにてT2以下の壁深達度を評価するには、注腸X線画像に類似した像を作成する撮像方法(CT colonography)が有用との報告がある。この方法では、病変の側面変形での描出率は85.0%、sm深部浸潤の正診率は89.3%、mp浸潤の正診率は 75.0%と注腸エックス線検査とほぼ同等の結果であった。リンパ節転移に関しては、10mmスライス厚のCTでは、正診率が35.0%-78.6%と必ずしも満足できる結果ではない。しかしながら、MDCTによるMPR画像を用いて、大きさ(5mm以上を転移と判断)、部位別(傍直腸、上方 向、側方向)、濃染パターン別に検討すると、正診率は76.2%-94.7%と有意に上昇する。

 直腸癌に限れば、その壁深達度や傍直腸リンパ節転移に対する術前評価についてケースコントロール研究を含めて幾つかの報告が見られる。壁深達度の正診率についてのモダリティ毎の比較ではCT 86% 、EUS(=endoscopic ultrasonography 内視鏡的超音波)60% 、リンパ節転移についてはCT 81%、EUS 65%とCTの方が有用とする報告がある。他方で、直腸周囲浸潤の診断精度についてEUSは正診率90%でCTとMRIの成績を有意に凌ぎ、CTとMRIはそれぞれ79%と82%でほぼ同等。リンパ節浸潤の有無については3者がほぼ同等の正診率であったとのメタアナリシス研究の結果が2004年に報告されている。他にも、CTよりEUSの方が勝るとのコホート研究の報告や、CTとMRIの正診率は壁深達度について 95.2%、100%、リンパ節転移で61.9%、70%とほぼ同等とするコホート研究の報告もある。肝転移に関しては、術中 USを含む手術結果と対比してCTで正しく診断できた例が85.1%で有用とする報告があり、そのほか、正診率93%  感度72.7%特異度98.9%など、肝転移に関しては、術前評価としてのCTは有用とする報告が多い。

 

【解説】  壁深達度、リンパ節転移については、初期の10mmスライス厚の評価では十分満足のいく結果ではない。しかし、 MDCTを用いたthin slice(1-5mm厚)による評価、さらに、MPR画像を用いた評価を加えることでその診断能は上昇する。T2以下の壁深達度診断に関してはCT colonographyという新しい検査法に期待されるが、前処置や処理時間 の問題など解決すべき課題も多い。リンパ節転移に関しては濃染パターンの違いにより診断精度の向上をさらに期待で きる余地がある。肝転移の評価に関しては問題なく有用と考えられる。直腸癌に限れば、EUSの方が有利であるが、 EUSでの評価は局所に限られるという制限が常に存在する。またMRIも診断する範囲に一定の制限があり、骨盤内あるいはその外までもの広い範囲を一挙に評価できる点でCTの有効性は高い。現時点で、大腸癌の壁深達度、リンパ節転移、肝転移など、主要な遠隔転移の3つの要素すべてを一度に評価できる モダリティはCTのみと言っても良いであろう。したがって、大腸癌の術前検査として腹部CT検査を行うことは強く推 奨され、また術前検査に欠かせない検査であると結論づけることができる。

〈注〉TNM 分類 UICC第6版2002年 T0=上皮内癌 T1=粘膜下層に浸潤するもの T2=固有筋層に達するもの T3=固有筋層を越え、漿膜下層または腹膜被覆のない傍結腸あるいは傍直腸組織に浸潤に達する腫瘍 T4=直接他臓器または他組織に浸潤する腫瘍、および、または臓器腹膜を貫通する腫瘍

 

 以上,通常はこのようにして,CTやMRIの画像からclinicalなstagingを行ってから手術を行い,実際の病理所見によるstagingにはTMN分類の前に病理診断(pathological)のpをつける.手術中の所見によるTMN分類の前にはsurgeryのsをつけるのであり,がん取り扱い規約にも載っている.

 筆者がいた,高知医科大学第2外科では,毎週第1外科とともに術前カンファレンスが行われ,筆者は当時11年目の総合内科専門医であったが,教授命令で外科学会専修コースに入るよう言われたため,1年目の研修医に混ざって,術前カンファレンスでプレゼンをしていた.したがって,画像から壁の深達度を臨床診断するのは当たり前であって,当然放射線科の読影レポートにも壁深達度に関する内容は言及されているのが通常であるが,被告はこれを放射線読影医師も含めて見落としているので,どうしようもない.

 

 広島市民病院放射線科が消化器,婦人科領域を中心とした悪性腫瘍の画像診断についてガイドラインに沿って検査法と実際の画像を提示するため,インターネットに公開してある資料から引用する.主任部長の浦島正喜氏は当然,日本医学放射線学会放射線診断専門医である.

 

造影CTにおける大腸癌の病期(臨床)診断は,原発巣に関しては

壁の変形がない⇒ T1(SM

壁肥厚と濃染を認める⇒ T2(MP

壁外に突出する結節病変の存在⇒T3(SS

周囲脂肪組織への浸潤や他臓器浸潤⇒T4(SE、SI

 

出典:https://www.city-hosp.naka.hiroshima.jp/dl/k_net/cancer_workshop_20140320_3.pdf

 

と記載されている.

 

次に,Gastrointestinal Imaging April 2004. Volume 231, Issue 1(消化管画像 2004年4月 vol231 第1号)の「Preoperative T and N Staging of Colorectal Cancer: Accuracy of Contrast-enhanced Multi–Detector Row CT Colonography—Initial Experience(大腸直腸がんの術前TNステージング:造影多列CTコロノグラフィー)Antonella Filippone M.D. et al」(http://dx.doi.org/10.1148/radiol.2311021152)より引用する.

 

In CT image analysis, the readers considered only three T stages (≤T2, T3, or T4), instead of the normal four T stages as reported in the TNM system. T1 and T2 tumors were combined to represent one T stage, ≤T2. This classification was used to address known limitations at CT in distinguishing T1 and T2 lesions.

T3 lesions were defined as tumors with rounded or nodular advancing margins (Fig 2). CT画像分析では,通常のTMN分類の4つのTに分類するのではなく,≤T2, T3, or T4の3つにTを分類する.CTにおけるT1とT2の区別に限界があるためである.

T3病変は腫瘍辺縁の円形または結節影(Fig2)にて定義される.

 

Fig2

 

T Staging

The overall accuracy of contrast-enhanced multi–detector row CT colonography was 73% (30 of 41 patients) when transverse images were evaluated alone. 

Tステージング 造影多列CTコロノグラフィーにおいては,横断像のみであっても73%(30/41)の確度であった.

 

 

この画像は,2010年5月31日のものである.

壁肥厚と濃染が認められるが,壁外に突出する結節病変は指摘できないのでcT2(MP)と考えられる.

 

 

 こちらの画像は,2010年10月13日のものである.

壁肥厚と濃染を認める意外に,辺縁に突出する小結節病変の存在が認められ,cT3(SS) であると考えられる.

Stagingを表にすると以下のようになる.

 

0期 Tis N0 M0
Ⅰ期 T1, T2
ⅡA期 T3
ⅡB期 T4
ⅢA期 T1, T2 N1
ⅢB期 T3, T4
ⅢC期 anyT N2
Ⅳ期 anyN M1

 

以上より,当該症例の5月時点の臨床診断は,「cT2N0Mx,stageⅠ」であり,10月時点の臨床診断は,「cT3N0Mx,stageⅡA」となるのである.

少なくとも画像上は,この5か月で進行しているのは間違いない.

被告が「大腸癌のステージⅠの5年生存率がステージⅡに比して生存率が7%高いとの点は不知」と言っていることについては,国立がんセンター発行の「がん診療レジデントマニュアル第4版」という,がんに携わる医師のベストセラー本に書かれているので,確認していただきたい.

しかし,このようなベストセラー本に書かれてあることを,「不知」と言って恥ずかしくないのだろうか.我々医学の世界では,不知はお勉強不足で恥であるのであるが.被告は医師であり医療機関であるのではないか.医学的根拠など調べようと思えばいくらでも調べられる時代に,「不知」と言うのは,「専門性,密室性,情報の非対称性」を盾に目くらましできるという態度である.そのような医療側の態度こそ,現在,医療不信をテーマにした週刊誌が飛ぶように売れてしまう嘆かわしい現実の原因でもあるのではないか.

 

 

 

 

以上

 

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